2020年12月26日

【HAYATEBUNE 重要なおしらせ #2】




(以上を踏まえ、以下)




宜しくお願い致します。


補足。

一覧上でも該当作には価格表示されてますが、当該ページを開いても"いきなり課金"されるようなことはありませんので御安心ください。なお、モノによっては"サンプル動画"が流れます(もちろん無料)




2020年03月17日

【HAYATEBUNE 重要なおしらせです】

毎度御世話になっております、疾風船の穢土です、早速ですが本題に入らせていただきます。

わたくしこと疾風船、「コピー/カヴァーにおいて金銭的利益を得ない」を基本的信条としております(※1)が、このたび、下載のカヴァー作『Pirates of the Caribbean meets Rock Like a M.Schenker パイレーツ・オブ・カリビアン-彼こそが海賊- (2007)』について、収益化(著作権所有者との分配式)を実施することと致しました。



簡単ではありますが、以下に理由を述べさせていただきます。

今回の著作権保持の主張及び収益化の旨の通知が Walt Disney Company による正当なものであること。そして、現在もなお当該拙作を二次使用或いは無断転載し、そこから収益を得ているユーザーが数多存在すること。これらを鑑みての前向きな決断であります。何卒ご理解賜ります様、御願い申し上げます。

なお、閲覧/再生についてはこれまで通り無償となっております。但し冒頭で広告動画が再生されるものと思われます、ご不便をおかけしますが、この点につきましては御了承ください。

今後とも、宜しくお願いを申し上げます。(2016年3月17日 記)


と、いささか堅苦しくなったけど(・ω・)ぶっちゃけ大きいのは「横取りされてるのをよしとしたままでいいのか」ってことなんだよね(笑)「意地張っててもこれじゃあ損しかしてないな自分」と、ちょっと考え直したんだよね。まあ、したところで今更で微々たるものには違いないけれど。

それに、例の遺恨があるからね(※2)ここで、正当性というよりも正統性、それを持たせるには受けたほうがよいかもなって判断。これによって何かが多少なり変わるや否や。

うわ黙ってシレッと稼いでるよエラそうに言っておいてから!みたいに思われたらシャクだからね(笑)ってことで以上、ご報告。


最後にひとこと(・ω・)YouTube絶許(揺るぎない)

【余談】この件より前、YouTubeからクリエイターズデイとかいうやつの招待が来てて「ほう、タダメシ出るのか、なら行ってみっか」と思ったが(笑)山ほど抱えた運営批判を現場で抑えきる自信がないのでやめといた。や、それを伝える好機かもしれないとも思ったけどね?騒動に発展するおそれがあるからね(真顔)


【速報】まさかというべきかやはりと言うべきか…このあと早速モメてます :(;^'ω^).YouTube運営と関わると毎度ハラの立つことよ…進展あり次第、また。

【続報】

4月9日現在まだ返事ないんやで(^ω^)本当にキレると人は笑うんやで←



※1 これについては、こちらでご確認ください。

※2 これについては、以下(当該動画の説明欄から転記)をご覧ください。


そもそもは2006年にアップした小ネタだったのですが、好評を受けリメイクし2007年に公開した『パイレーツ・オブ・カリビアン・ミーツ・ロック(ライク・ア・マイケルシェンカー)』、これは、それの再アップです。2010年、300万再生目前にして【不当削除】されたことに対する『報復』です。

違反行為も無ければ(★)原作著作者からの申し立て等も無い。まったく理由不明(説明/明記無し)の削除でした。また、本作は動画として音源として世界中でいまだ二次使用されていますが、それらについては何らお咎め無く現在も存続しています、ただの『無断転載』までもが(更に言えば、この再アップも既に『なぜか無事』数年経っているわけです)。

★念のため申し上げておきますと、本作より金銭を得たことは当時も今も一切ごさいません。

手前味噌と申しますか不遜なようですが、当時世界で最初にハードロックアレンジし公開したという自負、またその後に影響を及ぼしたという確信もあります。事実、現存するものの多くが当音源をまま利用しているもしくは範としている、或いは、当方の名を冠して下さっています(これについては感謝しています)。

にも関わらず、まるで『無きもの』の如く遇してくれたYouTube運営には本当に憤りを隠せません。個人的には、古参ユーザーならご存知の方も多いであろう、あのカノンロック@YouTubeアワードにおける『パイオニア不在の不自然』も然りの思いです(故に、再アップにあたっては自ら敢えて【THE ORIGIN】を謳っております、「たかがカヴァー、されど」という思い)。

これは憶測に過ぎないのですが、まさに2010年頃『理由不明の削除』が相次ぎ、ユーザー間で取り沙汰された事がありました。時期の符合から鑑みるに、これもまた、その災禍に巻き込まれた格好だったのでしょう。それらが、単なるミスであったのか、何らかの思惑をもっての施策だったのか、知る由もありませんが、何しろ同時期からYouTubeがユーザーを無視した独善的姿勢を加速度的に強く示し始めたことは確かです。

ついでに申しますと、以降「検索しても(HAYATEBUNEは)表れてこない」という事実を近年、海外方面から多数御報告いただいております。

これら不透明且つ差別的な状況についてはYouTubeに再三再四異議申し立て及び問い合わせを行いましたが、遂ぞ梨の礫でした。以来、YouTube運営のことは一切信用していません(それ以前から色々と不信はありましたが、これは決定的でした。具体的に言ってしまうと『Googleによる買収以降不信感増大』なのですが)。

なお、ネット上で、『HAYATEBUNE』の名を冠した本作のTAB譜やバックトラックが配布されておりますが、当方は一切無関係です。疾風船では私的信条に基づき、それらの配布は致しておりません。各所で流通しているそれらはすべて第三者の手によるものであり、その内容については一切保証も回答も致しかねますこと、何卒ご了承ください。





2017年12月31日

たまりにたまった駄文を淡々と移していくスレ

mixi日記(〜2011年)の移植作業について。

なにしろ時間が経ってるので旬を過ぎたネタ/いまさらなネタも多々あらわれると思います。また、ダブって載せてしまうこともあるかもしれません。タイトルを、書いた当時の日付にして以下にブワッと載せていきます、いつまでかかるかわかりませんが( ・`ω・)b よろしく哀愁。

2012年2月、移植再開。

ed209 at 00:00|Permalinkclip!

2017年09月04日

everything ain't enough

【報道陣の取材に応じた日野皓正氏 ビンタに関する報道に苦言を呈する】

こう言われちゃマスメの舵取りとしては悪者/断罪で確定だろうな、一般善良正義マン達を抱き込みスクラムの方向性、『言葉の暴力』は一切否定しないからな(笑)

状況不明(その場に居合わせたわけではない)ゆえ、その是非についてはなんとも┐(・ω・)┌でもま、少なくとも「(アンサンブルにおいて)他プレイヤーに対する敬意の無いスタンドプレイは許せない」って感情は、端くれの僕でも解る。

個人的には。「暴力(体罰)絶対反対!」と言うのなら物理的暴力のみならず言葉の暴力も否定しろよと思うのだけれど(・ω・)どうやらその向きにおいては、"対物理なら許される"らしい、正義の名の下に。なんのことはない「目には目を」だ(笑)

なお。近年この様な場合に、もう脊髄反射的に「老害」と発する人多いけど(・ω・)それこそ「ゆとり」って言えばいいと思ってる老人と同レベルじゃなかろうか?思考の停止を感じる(○○のひとつおぼえという言葉もある)。なんか、こういう様相を目の当たりにする度、大勢が攻撃対象/仮想敵が欲しくて欲しくて仕方がないのかなあって思う、安全圏からの一斉掃射。

そして(・ω・)体罰について異様な迄に憤ってる向きは正直言って「気持ち悪い」(``)これは感覚的なものだから仕方が無い。過去に理不尽な暴力を受けた体験あっての憎しでは無くて、随分と甘やかされてきたからそんなにも独善的に他人に対し発狂出来るんじゃないか?なんて穿っても見てしまう。

ちなみに僕、過去には理不尽な暴力も散々喰らったが(笑)それと「道理」とか「筋」の通ったモノとの違いは分別ついたよ子供でも(・ω・)どちらも喰らったからこそかもしれんけどね。

や、マジな話。積極的に体罰を肯定しようとは思わんものの、「体罰する奴はクソ!人間のクズ!カスは逝ってよし!」←こういう言動目の当たりにするとね(`ω`;)「自分がどれだけ"暴力的"か自覚無いんかな」と、「ああ、やっぱり時には必要(悪)かもな」とも思いますわ(意味深)

ま、なんせわからんわ他人様のことは(・ω・)おわりおわり



余談








Escape from empathy(empty) games

【上野動物園:学校行きたくない人へ 動物を例に「逃げて」 毎日新聞】

うーん(``)美談ぽいけど…正直、このツイートした人自身が人間社会に疲弊気味っぽいなとか檻の中の動物は人間社会に縛られてないと言えるのかな…とか想った僕はいかんのか?


なるほど、こんな企画をやってたのか。

【9月1日 学校に行きたくないあなたへ】

誰もが等しく試練を乗り越えられる筈とかそういう根性論は持ってないが、違和感覚えるわこういうの(``)なんだろうな、逆に大人の自己愛を感じるというか。

いや、それこそ大人として"そそのかした"だけの責をすべて負うっていうことなら幾らでも演じていいと思うけどね「ものわかりよく優しい私」を(``)でも、考えるまでもなくそんなこと不可能じゃん?夢見がちで身勝手な善良感、或る意味確信犯的な自己陶酔の様にも思えるんだよね、こういうの。

ぶっちゃけ尾木ママが出てきてる時点で首をひねるわ(`ω`;)あの人はあかんやろ、上っ面にコロッと黙されてさんざ綺麗ごと言うといてからクルッと手のひら返して酷く罵倒したりするしな(それは果たして『善良』なのか?)なんだか「薄っぺらい」と感じるのだ。麗句に酔って吐くだけ吐いて、実質的には投げっぱなしって、それこそ偽善そのものじゃんか。

綺麗な言葉だけで万事解決したら誰も苦労は無いだろ、ていうか"世間の当たり前"に疑問を抱いて思い悩むくらいの子こそ、そんな安易な言葉には騙されないんじゃないか。まあ嘘も方便、欺いてでも生かす/活かすってやり方もあるけど、どうもそういう風にも見えないんだよな(``)つまりはキレイな自分を確認したいだけで、"進んで悪役も買って出る"ようには見えないってこと。自己愛性善良症候群。


【学校に行きたくない人は脇目も振らず逃げて下さい 上野動物園の思いやりあるツイートに 救われた...】

やっぱ釈然としない(``)思いやりよりも憎悪を強く感じる、特に「なんぞ」に。まあ感激したって人がいるならどうでもよい事か、真相なんぞ

正直言って大元たるアメリカバクのくだり要らんような、なんだかお題に寄せたこじつけ感すら覚えるんだよなあ(``)てなこと言う僕の様なものは「なんぞ」と言われてしまう、"対象外"の者と見做されるのかな(笑)多分そこなんだよね、この違和感の原因。こじつけでしょうか?いいえ個人の感想です

かく言う僕も、もしも14歳くらいの時にこれを見たなら、特に逃げたくも無く逃げる必要も無くとも、なんとなく雰囲気に酔い「感動」したかもしれないけれど、生憎もうそこまで純じゃ無い。まあ何せこれ見よがしに「深イイこと言おう」みたいな企画とか意識が、自己陶酔的で嘘臭くて嫌いなのは確か。そういうのはフィクションの世界だけでいい。


あ、動物園は好きですよ単純に(・ω・)「閉じ込められて可哀相な動物を見ようなんて」とかそういう変にウェットで大風呂敷なことは言わんですよ(だからそういうのが嫌いという話)


自分のため、自分のためだけにいいこと言ってヌレヌレ陶酔するのはいいんですよ、そうして自身を鼓舞するのは。でも、人が人に、「人の為」の体で、「助言」の範疇超えたこと言うのはね、それはもう

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例の24時間番組が大勢に批判されるのとほぼ時同じくしてこういうのが持て囃されたという事実、なんともまあ(・ω・)映画のCMよろしく、感動共感商法止まらないわけだ。僕はそれら一貫して「否」だぞ

世界平和だとか人類愛だとかそういう巨大な夢は喜んで見るけれど、目の前に転がった空き缶を拾おうとはしない、むしろ見て見ぬふり。なんかそんなカンジ(´・ω・`)段階すっ飛ばし過ぎだろって思う。"隣人愛"を誤解、分を弁えず拡大解釈しているような。それが気持ち悪い





…は静かに暮らしたい

【女が歩きスマホしながらワイと激突して、女がスマホ落としたんだが】

する人は決まってこう言う「大丈夫(周り)見てるから」←見てないんだよなあ…ていうか見て避けてくれてるのはむしろ周りだよ?と諭すと不服顔するのやめろや(・ω・)

ラッシュアワーでも漏れなくスマホいじりだからな(``)呆れるでホンマ

「ゆっくり歩いてるから大丈夫!」←そ  れ  が   邪   魔  だ  と   言  っ  て  い  る

近ごろ「歩きスマホは悪だから(ワザと)ぶつかってもよい」みたいなんもいるとかいないとかいうしな。ホンマ、痛い目に遭う前にやめたほうがええよ(・ω・)「優しゅう言うてくれとるうちにやめとき」って教わってこんかったんか?

世の『甘やか』を自分の徳とか優秀さだと勘違いしとるんちゃうやろか?と思う(´・ω・`)こと女子の場合は比較的甘やかされ、ドぎつく叱られ怒られる率が男よりも低いだろうからな。増して近代は咎めた側(特に男)が悪者扱いすらされかねんから、自分の我が儘を自覚する機会すら無い人も在りそう。

余談。

「いまどき歩きタバコしてるバカがいた!」と歩きながらツイート報告←笑うわこんなん

「盗撮された!」つって容疑者(証拠は無い)を盗撮ツイートしてたのもいたなあ

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目を離したのはわたし

【ブルゾンちえみって一体何が面白いんやあれ】

これのなにが面白いって>>38が>>29の「ダメよ〜ダメダメ」エドと返してるのが諸行無常を感じさせて面白い。なお、ブルゾンという人の事はよく存じませぬ(・ω・)


この流れでいうけど(・ω・)エンタの神様ってまたやってたみたいだが、あの番組が大人気だったあたりからテレビって加速度的につまらなくなったヌルくなったような気がする。少なくとも、出てくるだけでキャッキャしてくれるような層しか迎えず更にそれにより釣られ笑いを誘う手法はヌルいしズルい。

あの番組も始めはまるで別物で結構意欲的だったんだが、ちょっと目を離してる間に変貌してた。日テレってそういうパターン多い。例えば当初は激ムズ難題番組だったのがちょっと目を離してるスキに( ^q^)マジカルバナナ〜とかいうアホ向け番組になってたり、もう法律相談なんかロクロクしてなかったり。

まあその、よく言えば臨機応変、悪く言えば無節操さ一貫性の無さが近年の常勝ぶりに繋がったのかもしれんけど。はじめハードル高めに設定しておいて様子を見ながら低くしていく→相対的に数字は高くなるという戦略(・ω・)しかしはじめを「面白い」と思って見てた側からしたら「なんぞこれ」である。ちょっとまえ難しい問題ウンウン言うて解いとったもんが「(^q^)まじかるばなな〜」とか言うてお遊戯しとったらそらビックリしますわ或る日学校が幼稚園になっとったようなもんですわ。

ちなみに。わりと高いところで評価されて「これゴールデンイケるやろ」と調子に乗ったら失速ってのは、かつてのフジのお家芸(・ω・)「深夜だからイイ」っての積極的にぶち壊してたなあ

それと比べたら90年代以降の、その日テレの無節操戦略は上手いと言えるんだろうな、感心はしてないけど。そりゃ感心はしませんがな(・ω・)美人揃いと聞いたから会員登録したのに暫くしたら美人一人もおらんようになってたとか詐欺紛いやないですか(もののたとえ)

とりあえず箱造って中身は状況に応じて随時入れ換えるっていうスタイル(・ω・)ある種の『釣り』と言えなくもない。

そうか(・ω・)目を離したのがいけないのか。







時計じかけの麒麟児

【26歳「20過ぎてからは毎日が笑っちまうくらいにただもうあっという間に過ぎてく」ワイ(18)「へぇ〜」】

>>8 ジャネーの法則じゃね?年齢:時間の比率体感差ってな説な。僕もそう考えてたが近年それだけでは無いなと思うようになった。

「楽しい時はアッと言う間に過ぎる」なんていうけれど。たとえば同じ休日でも、表に出かけたほうが家で過ごした場合よりも一日が長く感じたりする事ってないだろうか、随分遊んだつもりが「え、まだこんな時間なの?」みたいな(・ω・)これは僕の見解なのだが、あれって、日常(たとえば自宅)とは異なる状況に在ることで興奮状態になり、感覚が暴走を起こしてるからじゃないかと思うんだよな、タキサイキア的なゾーンに入ってるというか一種のウラシマ状態になってるというか。時間の体感は一律一定では無く常に相対的に変化するみたいだ。

でもま、そう考えるとやっぱ年齢には大きく左右されるわなとも改めて思う(・ω・)若ければ若いほど初体験体感の事柄が多いのは当然で自ずと興奮状態が続くという結果にも繋がるからな。…しかしそうすると、今更興奮なんかしようのないルーチンワークの時間を酷く長く感じるのはなんでだろうな(笑)ああそうか、あれもあれで或る種の興奮状態ってことかもな、興奮ってなにも喜び寄りの感情ばかりではないものな、「早よ終われ早よ終われ」って思いが加速して周囲の時から逸脱暴走してるのかもしれん。

逆に、自分が鈍速化してるのを明確に感じることがある。さんざ慣れ親しんだ曲でも寝起きに聴くと一割増しくらい速く感じる(``)なんで朝ってこんなに速く時間過ぎるの?と、自分が刻に置いて行かれるカンジ…そして刻の涙を見る(遅刻)宇宙と書いて「そら」刻と書いて「とき」これジョーシキ( ‘ω‘)ミンナホシニナレ



2017年08月29日

「なぜ離れた」って?「見離された」のだよ

若者のテレビ離れというけれど。実は最も離れたのは、ガッツリ『テレビっ子』だった、いま現在の中年世代ではないかな?そもそも今の若者は離れる以前に「付いていなかった」んじゃあないか(とは言え、それでも今なお、なんだかんだでネットもテレビを頻繁に話の種"ネタ元"にしているわけだけど)。

かく言う僕も、「全番組総バラエティ(お笑い)化」な様相には本当にウンザリしている。どっぷり近畿圏の番組ラインで育った僕でさえ「一日中ワーワーやかましわ!」とチャンネル変えるレベル…っていうか変えてもやっぱり喧しいから「もうええわ!」→電源オフとなる。

深夜アニメと一部ドラマを除いて本当に殆ど見なくなったなあ、何見てもムダなワイプと賑やかし(茶化し)でイライラするんだもの。ニュース番組でさえワイドショー/バラエティ化してるでしょ?過剰な演出で妙な色気吹き込んだり。報道に芝居がかったナレーションやらBGMやら、脚色なんて要らんのよ。

玉座を忘れられない先王の嘆き。テレビの凋落も"若者のせい"にしてるあたり、かつて頂点を謳歌した、そして時流を読まない読もうとしないおじさんたちの愚痴に過ぎないんじゃあないかと思うよ、近頃なにかと「若者のクルマ離れ」と訴える自動車業界と同じく。ある種「最近の若者は」と同次元の。

そういう思い込みに凝り固まってて実状を正確に把握認識していない(いわば自浄が働いていない)から、安易に「若者ウケ」を狙った作りばかりして、結果大人の鑑賞には堪えず大人も離れ…こうして大人も子供もまんべんなく疎遠になってきたんでは?って気がするけどね。

そりゃあ「ネットのせい」も確かにあるとは思うけど、決してそればかりではないとも思うよ、現に(先にも述べたが)ネットもテレビをネタに楽しんでる面が多々あるわけだから。そういう意味では時代なりの「共存」は出来てるのよ一応。「共栄」は、どうだかわからんけど(笑)

「永久に絶対王者で居られるわけがない」くらいの分別は、そろそろつけるべき。そこからリスタートじゃない?

小学生のとき。帰宅したら親がTVの電源コードをハサミでぶった切ってた→負けじと自力で直して視聴&ドヤ顔→帰宅した親「まいった」と苦笑。そのくらい、今で言えば"ネット止められて発狂"するレベル(笑)でテレビっ子だった僕だからこその(・ω・)愛ゆえの苦言なんだぜこれは


<付録>





2017年08月28日

今年もやります(ました)

そういやマラソンランナー()は発表されたんか?なんか引っ張ってたけども(``)ついに事前から数字稼ごうとするか…と、その釣り根性がいよいよ気に入らんので一秒たりとも見ないことにした、ひょっとして慈善と事前をかけた小粋なチャリティージョークなの?くらいに思った(というのは嘘だ)

まあハナから誰でもいいっていうか企画そのものまったくもってどうでもいいけどね、どうでもいいね!だけどね。自身の本道本懐と関係無いことやってるさせられてるヒト見て感動するほどアホでもなければサドでもないわ(``)それが「頑張る姿」?おかしいわ

まあ、そういう歪な根性論というか、やりたくありませんと断れん空気とか、「ああ日本社会の略図だな」とは思いますわ(意味深)

セツ子それ頑張りちゃう我慢や辛抱や!と小一時間諭したい(``)脇目もふらず直向きに己が道を突き進む姿にこそ本当の本物の感動があるんやで、すなわち『邁進』や。脇道逸れて苦しむ姿見て「感動」とか、なんかいろいろ気持ち悪いわホンマ。

なんとなーく共通点を感じるわ(``)歪んだ美徳観

なお、これはもうテンプレにしよう



翌日

【24時間テレビで「私は実の母じゃ無い」と告白させる企画に批判殺到】
有言実行して一秒たりとも見ていない、見ていないのに批判だけはするってのもアレだなーと我ながら思うけどそれでも敢えて言おう、本当に気持ち悪い番組に成り果てたな。なんかもう出演者もさ(``)たとえ"仕事"でもこんなんに「感動しました」だの「心震えました」だの言ってたら感性疑われるよ?むしろマイナスイメージになるよ?とすら思うんだが…


【日テレ「24時間」歴代2位視聴率に局関係者も驚き】
この数字が本当なら「皆なんだかんだ言いながら見てる」に他ならず、低評価押す/批判コメするために開くYouTube動画と変わりない"アンチは養分"の構図(僕は一秒たりとも見ていない)

これで完全に来年も継続決定だな(笑)つまるところ中身に対する評価はどうでも、数字だけが物質的評価の対象だもの(・ω・)エンドレススパイラル

思えば珍しい事だ、テレビ点けていながら、ながらテレビしていながら、24時間(以上)日テレを見なかった/或るチャンネルを意識的に選ばなかったのは(笑)

「数字は正義」だからな。たとえどんなに低俗でも低次元でも、クソであろうとゲスであろうとも、数字を獲ってしまえば「成功」と見做され、以後それに倣う、それを"有効"と据えた姿勢が醸成されていく。その様にして凝り固まり或る種「傲慢」へと変じた結果凋落した局があったが、日テレは大丈夫か。

そう思うと"ユーチューバー"ってまるで「縮図」だよな(・ω・)いや拡大図か?まあどっちでもいいしどうでもいい



bad religion in the dark

【このポスターが貼られている企業の多くがブラックだという風潮】

ホンマ気持ち悪っ…こんなん虚業もええとこやんけ、導入せなアカン止むに止まれぬ裏社会背景でもあるんちゃうかと勘繰るわ、み○をのお言葉貼っとるほうがナンボかマシと思えるレベル、ていうか導入しとる時点で「ブラック」かはわからんまでも「無能」とは断ずるわソコの経営者(``)なにわけのわからん自己啓発セミナーみたいなもんに代弁してもろとんねん

なにが『モチベーションアップ』じゃダダ下がりじゃボケェエエエエエエエエエ!!!(胡散臭いことこの上ない)

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『よんでますよ、アザゼルさん。』 (C)Yasuhisa Kubo





LOJ

【ヒカル騒動】そら辞めるわなw→VALUが井川とVAZに損害賠償を要求

この界隈全く興味無い上に言い知れぬ嫌悪感で黙殺してるんだが、こうも連日騒ぎ立てられれば嫌でも目に入る。詐欺師の恰好の餌食と言えば子供か老人、嫌悪感さもありなん。

しかも、それ以外の、"いい大人"も言わば騙された格好って話でしょ?これ。子供騙しでシノいでるヤマ師に「これはカネに成る」と近づいた大手資本っていう構図(``)なにもかも安すぎ汚すぎで正視に堪えない。

アングラ雑誌の裏表紙に載ってる怪しい広告と似た臭いがするんだよな『金!車!女!』系の。や、あれはまだマシなんだ、実際に騙されてる人の姿は見えないから「こんなのにひっかかる奴いるかよバカじゃねえのwww」と笑いの種にも出来るから。ところがネットではそれが見えるから笑えない(意味深)

そもそも近年蔓延るユーチューバーとやらの「目立てばよかろう」な特売チラシの如き毒々しい色使いの、何より品位も無ければ矜持の欠片も感じられない一律一様なサムネイルからして『そのテ』の臭いがプンプン漂ってるよな(あれ運営ぐるみで推奨してる模様、堕ちたものだ)

そういやかつて「100万円差し上げます!」みたいなコメントスパム詐欺が猛威をふるった時期があったが(・ω・)もはやコンテンツそのものがそれに近いっていうか運営自体がそれ推してるようなもんだな今のYouTube日本


…とか言ってたとこへ

【日本の闇】Youtuber養成講座とか

憧れるのは構わない、ただ…YouTube初期〜ニコ動ブームの頃「ネットミュージシャン要請講座」急造&急増してたの思い出すなあ…そういうとこ大人は無節操だからね(意味深)

かつては多くが持ち前の特技の披露発表を中心とした表現目的だったんだけど。近年もうYouTuberすること自体が(ともすれば金儲けが)目的って感じだよね。そういうのって正にニワカ仕込みってやつで。こんな講座なんてのはその射幸心につけ込んだ、ぶっちゃけ『マヌケからの搾取』の構造だよ、この際マヌケ=無能と言い換えてもいい。

「やりたいことをやらせてあげる」とか言えばちょっと聞こえはいいけれど(・ω・)この子らの親御さんに言いたい。先ず、何か他の、マトモな習い事にでもお金をかけてあげたほうがまだナンボか『有能』ですよ、と。

YouTube=動画投稿サイトって「(表現の)手段」に過ぎなかったはずなんだけどね。ところが今や、それそのものが「目的」って、これもうわかんねえなあ(``)…まあ、運営的には昔よりもずっとホクホクだろうけどね。

「全てが」とは言わんまでも。ハッキリ言って近年の状態ってのは『無能が無能を呼ぶ』スパイラルに陥ってるよね(・ω・)特に芸が無くてもあわよくばってのをビジネススタイルとして見せてしまったら人は楽な方に流れるし、またそのほうが稼ぎやすいと大人も覚えちゃったもんだから、もう止まらない。そう(・ω・) #エナジードレインの応酬 である。

日本語でのアカウント作成に対応したら途端に人(日本人)が増え、特技が無くても人気者に成れてあわよくば金も入るとなれば我も我もと模倣に勤しみ(・ω・)かつての「必要に駆られ」てた頃の人々とは意識がまるで違うのは明白。まあ確かに万事ハードルは低くしたほうが大衆化する(儲かる)のだが…そこで敢えて言おう、「こんなの世界に出せますか(誇れますか)?」と(・ω・)ユーチューブアワード(まああれも初期から胡散臭いとこあるが)とかに出せるシロモノでは無いよねどう考えても。百歩譲って『話芸』と認めても、「日本人にしか通じない」しね。なんせどこでもガラパゴスと化するのだ日本は。

例えば、この一連(ガラパゴス例)
極めて『内輪ノリ』なんだよね、殆どのことが。

例外的に、ピコ太郎。あれはむしろ外国人(というか英語圏か)にこそウケたのだが…あれ日本人で本当に面白いと感じた人は実はまばらだと思うよ、大方皆がノッてるから(そう見えるから)合わせてただけで(「海外で人気」とか言われると更に弱いしね)

うーん、Level Of Japan



That's enough!

【男が女に告白をすると「セクハラ」】

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『よんでますよ、アザゼルさん。』 (C)Yasuhisa Kubo

またハラハラしてんのか(・ω・)この種の、「女性の見方で味方しておくのが賢明」な、一見真摯で紳士的しかし偽善的態度、そしてそうした風潮の創出こそ、社会に対するハラスメントではないか?とさえ思う昨今。

ていうか(・ω・)世の中全てがそんな自分に都合良く廻ると想うほうがおかしい。望まずして発生した"問題"は、「大人」を謳うならばなおのこと、努めて自力で解決すべき事態。つまるところ、続々産み出される『○○ハラ』なんてものは『KY』とも変わりない他力本願な要求であり、それこそ身勝手。

結局『○○系男子(女子)』などとも大差無い、マスメディアによる"無責任"な標榜と創出である。どの程度の決意や覚悟をもって綴り煽りしてるのか測りかねるが(・ω・)真に受ける(感化されてしまう)人も少なからず存在するからには責任を負うべきだし、事によっちゃあ「罪深い」と思うんだよな。

ついでに。この様にしてネットで(在野に)採り上げられるのも、およそネガティヴなものが多くを占めてて、言わば「問題視」された結果としてネガティヴな話題が視界の多くを占めるというサイクルが出来上がってる。これも好いことではないよね(・ω・)ヒトは嫌なものほど無視出来ないという逆説。

それにしても。ネット上における、ここ数年来の、ひと昔前とは明らかに異なる潮流、巨大資本が本格的に進出してきてからの流れというのは、口汚いけれど敢えて言うなら『女子供におもねる』方向性(・ω・)「まるでテレビとソックリ」になってきた感あるなあ。最も楽に儲かる方法か。



2017年08月15日

THE FLY

たとえたった一人でも覚えている誰かがいれば其れは確かにそこに在り続ける、生きた証は残るのだ、命とはそういうものだ(・ω・)だから人は独りきりでは存在を証明出来ないし、独りきりだと間違えたとき暴挙に出たりもする(哀しく愚かな存在証明)

だから人生の意味とか行動の意義とかそういうの独り考え込み思い悩む必要など無いのだ。たとえば(・ω・)「この世に生まれた」それだけでもう家族にとり大いに意味も意義もあるのだから、誰もが産まれながらに「生きた証」は持ってるのだ。

そして自ら積極的にそれを残そうとするのがたとえば創作への衝動であり行為であり活動だったりする。そりゃあままならないこともあるけれど(・ω・)「総ては遺言」という気概でもってそれに当たりたいものだ(願)

だからこそこうおもう、敢えて賢しく小難しく考える(・ω・)「誰でも撮れる写真貼っていいねボタン押してもらってるだけの自分で満足か?」と(意味深)



いやホント、こぞって"流行り"の店の食い物やらなんやら撮ってネットに上げられてもね、それもう採れ過ぎの叩き売りでしかないからね、あまつさえ"それが目的"でそこへ赴くとかなんかもう本末転倒とすら感じる(``)「だったらなんか自分で作れよ」とおもうばかり。成る程「量産型」と揶揄される所以かと。



2017年08月14日

悪いとこだけよく目立つ

【とくダネスタッフ「午前8時の放送迄にご返答がない場合、映像を使用させていただきたく存じます」→大炎上】

(テレビで)リツイートという認識なのかもしれん(笑)・・・ただ、近頃は大衆も番組を勝手に転載利用してる部分で目くそ鼻くそ感は否めない。実際このスレまとめにも件の動画が貼られてるけど、まあ間違いなく無許可(笑)で、こっちはいいけどそっちはダメってのもまたジャイアニズムではなかろうか?まあ企業/商用利用の場合通すべきスジってのあるよなあとは思うけれど、それにしても通してない大衆数多在る昨今(・ω・)拾い物で銭稼ぎな

そういう意味では大衆もたいがい傲慢だと思うぞ、いやマジで。テレビの傲慢叩くのはいいけど客観性を失ったらいかんよね(・ω・)ミイラとりがミイラよ。

まったく悪びれることなく、いやむしろ供給してやってるくらいのカンジでテレビ番組丸ごと上げてる神気取りネットユーザーも、傲慢なテレビ屋さんなんかと同程度には嫌悪の対象なんだが。僕がおかしいのか?

もちろん媒体の違い、そこに生じる暗黙的なものってあるけど、しかしネットは「なにしてもいい」ってものでは無い。そこら辺の認識が甘く成りすぎてる(自分に)感あるわ一昔前のユーザー平均と比べたら。コッソリやる気一切無いカンジっていうか(笑)街で写真撮る(ネットに上げる)行為だってそう、ひと昔とは多くの意識が違う。「撮ってもいいですか?」だったのが今や当たり前のようにパシャパシャと。「いいですよ(宣伝になるから)」の許可以前、勝手に「宣伝してやってる」くらいの傲慢さだったり。

ある動向が纏まって風潮と化し、集団・大勢・多数派になると「皆やってるから」な便乗精神で途端に無礼で傲慢、傲岸不遜になったりするのが大衆の悪い癖、「衆愚」と揶揄されるところではなかろうか(´・ω・`)悪いとこだけよく目立つ



なんでもいいしどうでもいい

「すぎる」っていうけどなんかもう最近いっつも/ぜんぶ過ぎてるよな「最高」がいくつもあるみたいな(笑)すぎるって言いすぎ←

たとえば「好き」という表現ひとつとってみても大好きとても好き凄く好き本当に好き等々いろいろと表し方はあるわけだけれど。なんでもかんでも「好きすぎる」で済まされると語彙の貧弱さを感じる以上に「もしかしてワリとなんでもいいしどうでもいいんじゃあないのか」という疑念すらわく(・ω・)

まあ、ズッ友とかイイネとかにも似た、こと若年女子に多くありがちな記号的で横並び的な共感処世術その一環、テンプレートの一に過ぎずそこには深い意味など無く則ち穿つ必要も無いと言えばもうそれまでなのだが。それだけに、どこか「カワイイ(自分の次に)」的なものをも感じてしまうのだ(笑)



すべてをうたがうまなこ

近頃のバラエティ番組、客席の反応(SE)があまりに過剰で「えぇ〜とかあぁ〜とか言うほどか?てかホントにわかってんのかお前ら」と心がツッコミに総出して本筋内容はあまり入ってこない(・ω・)安易な共感共鳴喚起の手法とはわかるがやり過ぎは唯々嘘臭い、何事も程々がよろしい。

そもそも本来ゆるされるのはドリフ大爆笑のオバチャンズラフィンボイスだけだ。あれはアレ込みで完成される言わば様式美だからな(笑)

まあ元はと言えば主に欧米なんだけどね、あの手法。日本人は日本のテレビばかりがクソと思っているが、実は向こうも相当ひどいぞ(・ω・)日本のとある大惨事の映像に実際には存在しない大爆発音合わせてるの見た時はドン引きしたわ、なるほどエンターテインメント立国と、ある意味感心したわ(意味深)

近代日本における"報道のエンタメ化"も言わばあちらに倣ったものだよ(・ω・)ニュース番組でも年々、扇情的BGMやナレーション増えてるでしょ(アナウンサー仕事しろ)

ついでに。さっき言った「ホントにわかってんの?」だが、その逆で「ホントに知らなかったの?」も多々ある(・ω・)近年、ネットからのヒロイモノ/大きく遅れたネタやらも頻繁に出てくるのに"その場にいる誰ひとり知らない"という不自然さ「うわ〜初めて見た〜」かえって白ける。なお、それとは逆にテレビ「今ネットで話題の!」僕「知らんぞ」これ多過ぎる不思議(再意味深)

ていうかテレビのみならず、ネット内に限っても近年増え続けてるけどねそういうの(・ω・)全てを疑う眼



なつやすみのしゅくだい

【日本人の「休み」に対する価値観って本当に狂ってるよね。】

でも結局従っちゃうんでしょ?(・ω・)端から心が屈服してるから愚痴が出る、「遅れをとろうとも従わない」と腹を括れば愚痴も出ない出せない。(自己)責任が伴う、それが"自由"だ

ていうかすまん、僕「遅れをとろうとも」とすら考えたこと無かったわ(笑)何も気にせずもうひたすら遊んだ(・ω・)それでも特に遅れをとったおぼえは無い←

自由は他人に「下さい」と乞うもんじゃあない自ら掴み取るものだ(・ω・)そして多くは「その結果」を怖れるから掴めない、結局従属に甘んじるのだ。本当は「自由って楽なものじゃあない」と心のどこかで分かっているんじゃあないのか(意味深)

いつの時代もモラトリアムの叫ぶ I want free は片腹痛いというか自覚なきギャグにも見えて滑稽で可笑しい。でも、オトナの叫ぶそれの哀しさ空しさ遠吠え感よりは幾らか希望も見出せる。

「やってないよー(全然やってないとは言ってない)」じゃあないけれど。つまるところ『勝手に自由』になれない最大原因は"隣人"の顔色動向を窺っているからだ(・ω・)それは社会性とも呼ばれ美徳ともされるけれど、ともすれば自由にまで並列併走を求めようとする臆病であり、また大変な矛盾(笑)

大勢がそんなことだからOZAKIは成長を許されなかったのだ(意味深)

自由は各々独りで勝手に得るものだ(・ω・)まず「皆せーの」の性根を叩き直さないとムリ。

ぶっちゃけ、外れ者になる覚悟が無いなら自由がどうとか言うな小賢しいって思うねおじさんは(・ω・)…なんてこと言うと手のひら返して大勢で寄って集って「反社会的」とか言って爪弾きにするんでしょう?(この辺が原理で病巣)

ともあれ夏休み、いいじゃあないですか夏休み、与えてもらえるだけ感謝せな(・ω・)で、せっかくもらったんだから『自由』に使えば?ってハナシですよいやマジで。その結果、後悔するもまた自由、自分の由(よし)ですよ。









対象年齢

【Mステの歌詞表示が日本人をバカにしすぎクソワロタ】

実質>>8の言う通りの感。推しが出てた頃は観たりもしたが、正直言って毎回苦痛だった。子供向け商品にわざわざ触れてケチつけるのも大人げないので、今は全く観ていない。全体的に内々提灯御輿大会だが、特にあの仕込み臭ハンパないお子様インタビューコーナーは苦行だったな(笑)まあ、総じて大人の鑑賞に堪え得るものではもう無い(完全にターゲットを子どもに絞ってると思う)わ。

と、こうしてここでコキおろすのもまた大人げなさ語るに落ちてるのだが(・ω・)もう随分前から腹中に据えてたことなのでこの際ぶっちゃけてみた。口パクアテブリ当たり前、あんなんじゃあ一端のミュージシャンなら演りがいも無いし、メンツも最早コネとローテでしかないもんな。





仮想体験値




既存コンテンツに丸乗りした類(実況含)は創造と呼ぶには足らず、特に見るにも値しない…というのがかつて大方の見解でありまた誇りでもあったものだが…ここ10年の内での変遷/認識の差を感じる。むしろ今はそういうのが主役だものなあ。

まあ、モノ売るときの他力本願は今に始まったことではないけどね(・ω・)どの媒体の宣伝広告も、その多くは本質的なところより「○○さんも使ってます褒めてます」的なところで耳目を引っ張ってきたわけだから。

しかしステマはいただけない、ネットもすっかり毒された、というより(・ω・)ネットこそまさにそれ向きだったんだよね、一見さも「クチコミ」である様に見せかけるには都合がよかったのだ。また(ネットは)堂々と看板さげて宣伝すると、かえって嫌われたりヘンに叩かれたりもするってのもあって。

で、だったら"或る種の責任転嫁"してしまおうというね(・ω・)誰かが勝手に採り上げ、それをまた誰かが勝手に広めて…っていう体裁を整え繕えば、より"自然発生的ブーム"にも見えるし、直接的な非難等を回避も出来るからね。あらゆる面で(企業にとって)リスクの小さい宣伝展開ってわけだ。

おまけにうまくすれば特定アンチ(お察し)の鉾先までもがクライアント(企業)では無く発信者(例えばユーチューバー)に向かって分散もしてくれるし(笑)わりといいことづくめというね(・ω・)加えて言うなら、大物タレントより、安価に使えるうえ切り捨ても楽だしね。

というのは。いわゆる一般的有名人著名人、その様に認知されてるような人物だと、いかな雇用側とて、使う際にはその人自体のイメージ言わば商品価値というのも一定考慮しないとならないけれど(・ω・)正直、今のところネット有名人クラスは「掛け捨て」されてる感もあるっていうこと。そもそも、それこそYouTube(Google)なんてモロそんな感じというね(お察し)タダほど高いものは無いっていうけど(・ω・)"利用"してるのは実際には此方"だけ"ではないのだ。

とは言ったものの。実のところ殆どの場合バレバレなのだ、こと古参は猜疑心強く「ステマにしか見えない」症候群にかかってるし(笑)それでも続けているってのは、(たとえ分かっていても)騙されてくれる人の数が比率的に見て勝ってるからだろう。

昨夜のAIやらMステやらから連なるようにして(``)なんかもう今日は"そういうの"でゲンナリする話題ばかり目に入ってきたなあ。


『時間がない人のための○分でわかる○○』やら実況動画やらを見て、あたかも観た/体感したかの如く実物を語るエアプ文化は許せない(・ω・)本来ああいうのは実物実体験済みの"わかってる"同好の士が同人的に楽しむものだったんだがなあ。

MADで作品を語る若年ニコ厨の増殖に文化の歪みの危機感を覚えた(ウンザリして離れた)。

実物を知らないと何故そこが面白いのか本当はわからない、けどとりあえず皆そうしてるから草生やす←コンテンツの死であり自分の死である(・ω・)昨今の、気持ちの入ってない、テキトーにばらまかれる"いいね"文化に連なる主体性の衰退その前兆で前夜だったと言えるやもしれん。


ついでに。

【youtubeのコメ欄って「わざわざ指摘しなくても分かること」に高評価集まるよな】
ネットにしろテレビにしろ総じて子供だましの商売に一層注力してる感あるわな近年(・ω・)大人が守りに入ってる(色んな意味で)せいもあるかもしれんけど。

…けど、その刹那的儲け主義ばかり尊重加速させると益々大人の鑑賞に耐え得るものは出てこないって流れになって(今の子供もいずれは飽きるし成長し守りにも入る)いよいよ抜け出せないスパイラルに陥る危険性あるんだよなあ(・ω・)もうとっくに陥ってるのかもな #エナジードレインの応酬



降格軌道体

【日本のカギを握るのは「40代の一人暮らし」とAIが分析】

番組観てないから内容については何とも言えないけれど、ひとつだけ訊きたい(・ω・)それどこのどんななんてAI?番組サイト覗いてみたけど要領得なかった。

や、そこがハッキリしないとまさに昨夜の自分が抱いた疑念がそのまま当てはまってしまうんだ。例えばそこで「若者の車離れ回避が景気回復のカギ」とか言われても「動いてるのはAIじゃなくてオッサンすなわちバブルの亡霊の思惑つまり或る種のゴーストインザシェルですねわかります」ってなっちゃう。

もちろんホントにAIだとしても鵜呑みにする道理は無いけどね(・ω・)そらそうよ

この機運に便乗して『AI占い』とか絶対出てきそう、ていうかもうあるかも?「あなたの運勢を最新のAIが分析!」とか謳うの、でも実際は昔ながらのマンパワーなの(笑)そんでしっかり個人情報は抜かれるの。

うん(・ω・)「存在が明らかでなければ、少なくとも見た目そういうレベルですよ現状」っていうね。姿が見えなければ神か人かの区別はつかない(意味深)


蛇足。

【キズナアイっていうAIユーチューバーいるじゃん?】
知らんけど(・ω・)「やっぱりAI(AIである必要は無い)商法始まってんな」の感だけはある




サマリたん

VR元年てよりAI元年じゃね?ってくらい近ごろ方々でAIが取り沙汰されてて、ふと思う。SFよろしく人口知能に操られ牛耳られするまでもなく、"実は存在しないそれ"を騙り操ろうとする個人や企業が現れないとも限らないと(・ω・)僕が試すなら、やはり先ずは"マーケティング"かな(意味深)

実際、すでに『影響力を持つ(持ち得る)架空の人格』は存在する、僕達はそれを毎日のように見ている(・ω・)「関係者」とか「事情通」とか(意味深)

つまりそれらは或る個人の脳内に住む『想像の産物』非実在人物なわけだが(笑)在りもの則ち『創造の産物』として実在する人口知能はどうだろう。高度に発達し『個』としてある程度自立性自律性を得たなら、それはもう脳内仮想存在よりも独立した存在で、仮想架空の人格とは呼べぬやも(・ω・)

とまあそんな感じで(・ω・)想うんだ、AIは不可視の存在にしておいてはいけないと。そうしておいてしまうと「事情通」なみの信憑性でしかないっていうか実在すら疑われるから(笑)

翻って。そんな曖昧な存在にもコロリと転がされるのが人間だ(・ω・)自分にとって最も都合のよい解釈を提案するのも受け入れ支持するのも。まあ現時点では(少なくとも可視化されてる範囲内では)おそろしく突拍子も無いこと言って失笑買ってるレベルが大方だけれど。そんな今だからこそ、突然変異的に優秀というか妙に人間くさいのが現れたら真っ先にその存在を疑ったほうがよいと思っている(・ω・)それ背後に人間のおっさんおるで

存在がどの様な形であるにせよ我々が忌避すべきは(・ω・)「神の言葉は絶対」という蒙昧盲信である。

つづく









それがレゾンデートルか

いいねをリクエスト←そんなんもらって嬉しいか?いや嬉しいしありがたいとは思っても、キミは胸張って義理チョコを大いに自慢出来るのか?(顔本にて)

あれ乞うてくる人って「チッ、こいついいねしてくれとらへんフレンドから外したろ!」とかやってんのかなあ(笑)ていうか(・ω・)そういうのが怖くてロクロク見もせず理解もせず取り敢えず『いいね』してしまう人は多数在るのだろうと想像する。軽々しく絆とか言っちゃいそうな虚ろな繋がりの実態。

無論、ツイッターも同様。もちろん、いわゆるブックマークとして利用してる人もいると思うのだけれど(・ω・)こと大勢で固まってる人たち例えば特定クラスタを自称自認しあってる同士ほど、社交辞令じみた(つまり気持ちの入って無い)安易な応答・相槌の様なものを感じる。

まあそれもSocial(社交)の一種には違いないか(笑)でもそれじゃあオフの社会生活とまるで変わらないじゃんね(・ω・)仕込まれてるなあ

ツイッターに関して言うと。アンケートって機能が実装されても「○○ならRT ○○ならふぁぼ(いいね)」とかやってる人いまだにいるものね、ていうかむしろいまだ多数派やも。

そんなに数字が欲しいのか(・ω・)それがレゾンデートルか

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テレビなら視聴率、新聞や雑誌なら部数。それらを稼ぐためならどんなウソも厭わないのかと叩いているけれど(・ω・)『手段』を得た結果もう大衆も本質的には変わらんとバレたよアクセス数やらなんやらかんやら(※品性という個人差があります)








全体的にロクでもない

過日触れたあの番組、別方向から俎上に上ったんだな(``)全体的にロクでもないな。

【TBSの心霊番組で「心霊写真」に合成の疑い 番組側は「回答を控える」】

「(確認中につき)お答えすることはない(現時点での)回答は控えさせていただく」ならまあわかるけど、さにあらずなら不遜にも程があるな。百歩譲って、「こんなのツクリに決まってるだろ、わかってんだろ?わかってて楽しんでんだろ?じゃなきゃバカ」という認識であるとしてもだ(まあそれも不遜だが)、一般人を勝手に"呪われし民"(笑)に仕立て晒しあげる行為は企業として看過されてよいものでも内的に擁護してよいものでも無いだろ。

しかし(``)事ここに至り、敢えて言おう。こうなるまで大衆の大方は同番組を問題視していなかったという事実が僕としては嘆かわしい、結局そういうところに付け込まれてる感も否めない。「有名人なら玩んでもいい」のか?物言わぬ死者でも?

俺は最初から嫌な予感しかしないというかハッキリ嫌悪感だったけどね(・ω・)だから「え?いまさらですか?皆さんツッコミどころというか噛みつくとこソコだけですか?」ってのが正直な気持ちだ。故に、その不遜も"足元見られてる感"すら。

図らずも「その通りだった」というわけか?(´・ω・`)僕の第六感のほうがよっぽどオカルト←


(以下「過日」分まとめ)

イタコが大原麗子呼んで死の真相語るとかいう番宣にドン引き。一種の民間心療法としてイタコって存在は認めるけどさ、それも対象が近親者であればってものであって。不特定多数に対し文字通り見せ物とするってのは(``)自社制か外注かしらんけど、いずれにしてもGO出したTBS上層の品性を疑う。

なお。およそつくりものってのは見て聞いて実際に触れてから文句を言うのがスジってもんだが、これについては「見ないという抗議」を選択する。煽られ釣られて見たら負け、ネットに蔓延る輩の如きゲス企画の養分(数字)に成るのは御免…てか不快な思いするの分かってて積極的に触れる悪趣味は無い。

べつに「おわかりいただけただろうか?」ってやってるぶんにはいいんだよ、色々ツッコミながら見られるから。しかしあれは笑えんわ。

いやホント腐っても在京の大キー局さまだろ?とてもそれのする事とは思えない、まるでコンビニに置いてあるアングラ雑誌みたいな下卑た企画だぜ。←それなら笑って看過も出来るがね(・ω・)なぜなら「影響力が違う」からだ。だがTVはそういう分かってて愉しんでる層しか見ない媒体とは訳が違う。

あまつさえ番組名 #世界の怖い夜 ←お化け扱いかよ(``)最低だな。まあ若い子は大原麗子ってほぼ知らないだろうし知ってても心霊番組にはキャッキャするお年頃だからしゃーないと思うが…いい大人がどんな倫理観でもってこんなの作るのやら。

死人に口なし」というけれど。親しい人の為の慰めになるのであれば嘘も方便、それもありだろう。しかし、不特定多数に対し、しかもかつて大いに(TVに)貢献してくれたであろう人物を勝手に喋らせ見せ物にするって、ゲスいとしか言いようが無い。どこの宗教団体だ←なお死人とは限らない(お察し)

TBSに教えてやろう(``)たとえ"美談"に仕立て上げようとも関係無い、そういうのを総じてこの辺りじゃあ「死体蹴り」と言うんだ。

ドラマ以外はもうダメだな本当に。虚構は虚構でいいんだよ、それで心血注いで現実に迫ればいいんだよ。ところが、現実に対し虚構で味付けをしようとする(``)お門違いだろ。品性以前に品質チェックも働いてない丸投げでのスカスカのザルってことなのかな(``)なんか第二のフジの悪寒さえするこの頃。

…と、かくしてこの俺の発言、間接的に番宣してしまっているわけで、語るに落ちるとはこのことなのだが(苦笑)



蛇足。

【TBS心霊企画で霊合成について心霊研究家の池田武央「コラでも霊が宿るのも事実 むしろコラの方が強い」】
世の中には面白い人がいるものですね(´ω`) >>44 じき『Web除霊(有料)』とかやり始めそう。




2017年07月07日

20170707




2017年06月14日

なるほどなー(・×・)なるほどなー

【角川社長・川上氏「売れるラノベの法則は努力しない主人公、都合の良いヒロイン、勝手に身についてる能力」】

その恵まれた都合のよさのどこが「等身大」なの?と思ったが、そうか(・ω・)「努力をしない頑張らない」点がそれということか、そうか。

なるほどラクしたいんだな皆

そうか、だからあれなんだ、自分は特に何もせず機械任せでキモイ動きを勝手にジェネレートさせてウキウキニコニコできたりするんだ(・×・)なるほどなー


てことで、ちょっと前の話だけど。

【宮崎駿監督、ドワンゴ会長にマジギレ 「極めて不愉快」】

どちらの言い分も揚げ足とり連ねるのは簡単だけれど、これはハヤオに付くぜ僕は(・ω・)なぜなら単純に、ドワンゴ特有の小便臭いガキの悪ノリ感が嫌いだから(宣言)

あの臭さって、主たる支持層にレベルを合わせてるのかも(戦略的に)と想像した事もあったけれど、これを見るに、どうやら当人たちが根っから「そう」みたいだな。完全に、子供の浅知恵で『俺らっておもすれーwww』と発表したものの大人に叱られてショボくれムクれてる坊主の顔じゃないか、これ。まあ、前々から思ってたんだけどね「なんでこんな幼い顔してるんだろう」と非好意的に、この会長(・ω・)子どもの顔なんだよね、細かく言うなら「口の達者な屁理屈坊主顔」という感。

それはさておき

相手は昔気質な"本物の職人"なんだからさ、自分の心身動かしてないジェネレイト言わば『まぐれ当たり』みたいなモノとか信じないだろうと想うよ、何より、目標の無い手段とか最も軽蔑するだろう、そりゃ。ていうか昔も今も職人てのはそういうもの。手法こそ新旧あれど、そこは老いも若きも関係無い。譲って「気持ち悪いからゾンビ(のゲーム)」←これを"目標"と仮定してみても。こと相手は物語作家でもあるのだから「で?それでもって何を描くの?」となるのは必定に思える。語りたい事が在って、その為の手段じゃあなくて、「こんなん出来たから何か」っていう安易としか映らないんじゃないかな。

つまり「順序が違う」ってこと。

まあなにしろ、根本的に意識というか、領域が違うって感じだね(・ω・)芸術家と実業家の相容れなさ、そのわかりやすい絵図ってかんじ。以前、アニメ業界に立ち入ろうとして「声優なんか誰でも出来るでしょ」と軽く言ってのけ大顰蹙浴びた某実業家と同類項の臭いがする、結局ね。なんていうか「心が無い」感じなんだよね、あの類の人達って、「心無い」じゃなくて「心が無い」、ニュアンスだけど。ひどく合理的に機械的に出来てて「昆虫を見てるみたい」なの。まあ、金儲けするにはそのくらいで丁度いいのかもしれないけれど。

詩も矜持も無い技術プレゼンされても憮然だわな(・ω・)出す所を間違えてるわ。






みこしこみ

【「食べログ」のうどんが主食氏を文春が告発 渡部建の責任問題に飛び火】

>>「渡部が後押しして宣伝してるからな責任とって離婚するしかないな」←無茶苦茶でワロタ

祀り上げたのは大衆。他者の見解を拝む風潮が招いた欺瞞で傲慢で災禍の感も。

参考になる場合もある、と認めた上で敢えて言うけど。所詮は人の仕事に乗っかってるだけの便乗であって自分でモノ産んでるわけじゃあ無いじゃんかレビュー/レビュアーって(・ω・)なんでそんなありがたがるのかわからん。たとえるなら、神仏御本尊そっちのけで僧侶を拝み崇め奉ってるような違和感。

近年どうも『自分でもなんとか(特別な努力無しでも)出来そうなもの』を過大に評価する傾向が強まってるように感じるんだよなあ(・ω・)たとえば美味いメシを作るのは要努力だけど、人の作ったメシ食って美味いとか不味いとか言うだけなら誰でも出来るじゃん?味覚(好み)なんて主観だし。

雨後の筍のように湧いたユーチューバー志望なんかもその類型だと思う(・ω・)言っちゃ悪いけどその大方は、特別な技術技能(要努力)無くても、取り敢えず真似事だけならすぐ出来るようなものだものね。割合ラクに手が届きそうなものを祀り上げることで要件を低くしようとするような、水準を自分のほうへと引き寄せようとするような、なんだかそんな空気・同調を感じるんだよな。たとえるなら(・ω・)そうでもない人をカワイイカワイイと持ち上げる心みたいな(お察し)


てなこと言うと信者さんは「あれだけ食べ歩くって大変なんだぞ!努力してる!」と仰るかもしれないな。そりゃ一定水準超えたらそうだろなと認めもする。が(・ω・)「あわよくば」と食べブログ等を開設するだけならばやはり簡単だ(そういう話)

まあ、なにしろ(・ω・)名利を顧みないはじめのこころ、ただ純粋に「これが好き」って気持ちを失くしたらダメだよね万事。



カリスマ()の言うことすべて鵜呑みにしてはいないならいいけど(・ω・)一回だけ行って終わってるならそれだけのことだったって話。

"ネット民"とか言っても。本当に人が増え「一般的」になり、既存媒体を擁する巨大資本が本腰入れて関わってきた今となっては(・ω・)もうネットも大枠ではテレビ等既存マーケティングメディアとも、さして変わらないんだよね。もう仕込みだらけ。

もちろんカウンターカルチャーとしての側面も残ってはいるのだが。それって一定値を超え増加することの無いもの、むしろ場が一般的となればなるほど一層少数派へと成っていくもの多勢に覆い隠されるものだ。なお(・ω・)今ここ(Twitter)は一見それっぽいけど、実態は、一昔前のアングラの劣化コピー。




2017年06月13日

BAD LUCK JASRAC #3

前スレ

【JASRAC「うるさいうるさいうるさーい!」→音楽教室から受講料の2.5%を著作権使用料として徴収大決定!】

それらが『客寄せ』を担ってるのは事実なんだよな…まあ仮にすべて非管理下楽曲にしたところでどうにか搾り取ろうと画策しそうだが。

『客寄せ』ってのは。古典方面はさておき、所謂LM方面に関しては、これ弾いてみたい(弾けるようになりますよ)ってのが習う動機になる人が殆どで、たとえば教室独自の練習曲等ではセールスとして弱い。これは否定出来ない言わば弱味だろうっていうね。そこんところを突かれるとちょっと痛いだろうというのは、アンチJASRACの僕でも思う。そりゃあ理想としては、対象の有名無名を問わない純粋な習得欲/音楽的欲求なんだけれど、義務を課されているでもない素人に、特殊な理念や高い意識を上から求めるのもまたおかしいしね。

つまるところ他者の仕事その威光に与っているという点、これは「双方」認めなきゃならないと思う。その上で、JASRACは自らの正当性を証明、透明にして見せるのが筋。そして教室側は、著名に依存しない振興の途を模索し努めるべき。何れ現状は、音楽振興とは遠い営利の争いに過ぎない。まあ何しろJASRACという団体の意識が楽曲を預かり管理をさせて頂いているでは無く「してやっている」ではないか?という疑念も拭えないし、街の教室が、その様な造詣も愛も無い単なる事務方よりは、少なくとも技術の伝承者としては音楽振興に直截貢献していると思う(思いたい)

そのうち「音楽は、あなたの自作曲も含めすべて登録することが義務化されました。また全国民は一律の聴取料金を支払う義務があり許可なく利用は出来ません」なんてことになったりしてな(笑)それどこのNHK←

現状、こと近年ネット上の惨状を見るにつけ日本人が著作物またその権利に対し意識低い(罪悪感が不足している)のはJASRACの言葉どおりだと思い憂うのだけれど。JASRACもまた同程度のものだと思う。愉しみ方を知らん者は扱い方も下手くそなものだ。

意識低い(罪悪感が不足している)それは例えばYouTube。テレビ番組をまま上げたものが『話題の動画』だの『急上昇』だのに挙がってくるんだから言わずもがな。則ち「悪びれなく群がる視聴者も多い」ということの証左。そういうの、ひと昔前ならコッソリやってたもんだが(笑)MADなんかでも消されて普通、残れば御の字くらいのもんだったのが今や…ってハナシですよ(・ω・)つまり『イケナイことはコッソリヒッソリ』これを出来ない人のほうが多くなったのです近年は(だからプチ悪/犯罪自慢もあとを絶たない)。節度の崩壊が自滅を招いた感無きにしもあらず。

まあそんなカンジで、JASRACに同情はしないまでも「やり過ぎればそりゃしっぺ返しもくるかもな」という想いはあるのだ(・ω・)最大原因では無いにせよ一因ではあるだろうというやや確信めいた。ついでに言うなら、そこかしこに貼られた画像なんかにしても大方ホントはダメなんだからね著作権的に(・ω・)でもそこを看過、ブラックをグレーで容認つまり『お目こぼし』いただいてる愉しませていただいてるという最低限の節度というか意識、せめて原作者に対する敬意は忘れたくないよね何事も。

罪悪感皆無な確信犯の言うことなんて聴きたいと思わんし話にもならないと思うよね(・ω・)その点については皆大体おなじだとおもうんだよね。そして平行線に。殊更に卑下することは無いと思うけれど、「おこぼれに与っている」という一抹の、仮借の呵責は持っておくべきじゃないかな。相互に。


蛇足だが。第一次ガンプラブームの折、数十年後プラモ業界はどうなってるかという仮定の会話中「フルスクラッチが常になってるかも」と仰ってたモデラーがおられた、石油資源の枯渇が危ぶまれてた時代だったから出た発言だったのだが。…音楽こそフルスクラッチビルドの時代なのかもね(意味深)


〜数日後〜

【JASRAC、美容室など全国352店舗に一斉法的措置 BGM利用の著作権手続き求め】

せっかく一理酌んであげたのに(・ω・`)やっぱもうアカンな





2017年02月15日

満身創痍の卍さん(参)


『弐』は此方






そして凛ちゃんなまらかわいい件(´`*)これは護らざるを得ない
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(なお、"シャケの娘"と知った時の僕の驚きについてはここでは割愛)


いや〜いいぞこれ!
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もう、端から『また実写化か』&『キムタク』という二大色眼鏡を装備されてしまう宿業を背負ってるわけだが…もしもそれら色眼鏡の無い(しかしむげにんは在る)世界でこのビジュアルを出されたら素直にハッとするはずである(・ω・)偏見は人生の損である。

僕は、たとえ推しが出ていようとも「ダメなもんはダメ」というタチ。色眼鏡かけない一方、ファン補正もとらない(それも一種の色眼鏡だから)。もちろん、作品としての出来は未だ云々出来るもんではない(ところが観るまでもなくダメ認定する人の多い昨今ではある)が、少なくとも、この二人のビジュアルは、原作ファンの僕を高揚させるだけの佇まいが有る。

かく言う僕も数年前までは、役者としての木村拓哉については多少なり偏見あったかもしれない、特に積極的に見ていなかっただけとはいえ風評に全く侵されていなかったかと言えばそれは嘘になるかもしれない。しかしそれが偶々内容に好奇心ひかれて観た安堂ロイドで『積極的に見たい役者』になったのだ。



ここで、予告編を繰り返し見ているうちに発見したこと。


ほらね?前に言ったとおり、そういうとこ期待を裏切らないでしょ(笑)もうちょい分かりやすく言うと、「二時間に纏めるためストーリーは大きく改変しても、小道具的な見せ場いわば必殺技的な部分は異様なマンガっぽさ(←好意的に)でもって再現して見せてくれる」ってことねw

たとえばこれもそうだね
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すととととととんっ!



【映画「無限の住人」沙村広明が「これ以上のものが無いと言い切れる」と太鼓判】

もちろん映画だから「観てみないことには」だけど、少なくともビジュアルは、変な色眼鏡を通して見なければ「現状そうだな」と納得の次元だぜ(・ω・)僕は裸眼で見るぜ。

そりゃあ読者各々の中にイメージが在るもんだから「この人はちょっと違う」とかあって当然なんだけどね、僕にだってある、名を挙げはしないけど「○○はもっと他にいたんじゃないかな」っての現時点ではあるし。でも(・ω・)僕は実写だからとかキムタクだからってなとこで色眼鏡な脊髄反射はしない。

なお、「現時点では」って言ったのは、実際に映画を観たら「いやーよかった!」ってなるかもしれないからだ(・ω・)そういうの往々にしてあることだからね。

今一度、主役に関して言うと。万次=木村拓哉と聞いた際「マジかよ!!キムタクが演ってくれんの!!?」と僕は興奮し「現状誰より適任適役かも」とも思ったクチ。むしろ、もしも他の誰か(よく知る顔)だったら「うーん」だとか「いやそれなら○○さんのほうが」だとかきっとムダに想っただろう(笑)なんていうか『不測の事態』ってカンジで驚きだったね、好い意味で(そのへんの『理由』は改めて綴るのも面倒だから"一連御参照")



【キムタク、血まみれ!『無限の住人』MIYAVIが主題歌】
ああそうそう、昨日はトレイラーに興奮するばかりで(笑)触れてなかったけど、僕も"その道の端くれ"として、MIYAVI氏について少し触れておこう。もう十年以上前の話だけど、初見は(外見と名前から)「またV系か」くらいだったのね、当時ってビジュアル先行型がウジャウジャで辟易してた頃だったから。けど実際にプレイ見て「あ、こりゃカッコだけじゃないわ」と、「誤解してすまなんだ」と(笑)彼は"本物"だと思うよ。


なお。


俺どんだけ好きなんだよ司戸菱安

てか、まあ、そんな予感もしてたけど、やっぱ偽一っちゃんは顔見せ程度の登場なのかなあ(´・ω・`)トップにいないもんね(百淋いるのに)…で、偽一をさしおいてまさかの??wwwww(ほんとどんだけ好きなんだよ)

や、あの偽一っちゃんめっちゃカッコいいから見せ場を望んでるんだけど。

それと天上天下←






満身創痍の卍さん(弐)

『壱』は此方



【『無限の住人』福士蒼汰&戸田恵梨香のビジュアル解禁】

「天津に次ぐ実力を持つ女剣士」←ここに激しい違和感を覚える原作ファンは少なくなかろう…まあ興行的に「ラスボスより強い」とは謳いたくないのかもだが(笑)

実際そこらへんその様に描写改変もしてるかもしれないけどね(・ω・)でもまあそれは許容の範疇かな。絶対にしてほしくないというか「してはいけない」のは、万次の、"圧倒的に強いヒーロー"化である。それだけはいけない、何より「ズタボロになる木村拓哉」を見られないではないか(耽美)

「(ほぼ)不死」というチート能力+汚い手も厭わず、あまつさえ時には逆に女に助けられたりもする。それでどうにかこうにかしのぐのが万次という不死者にして最も人間臭いダーティヒーローである(・ω・)そこがいい。


【木村拓哉 主演『無限の住人』で市原隼人&栗山千明が刺客に。ビジュアル初解禁】

いやーいやいやいや!皆イイんだけどさ、特に偽一っちゃん!ハンパなく偽一っちゃんだwwwていうかなんで偽一には一切触れてねえんだよ記事!失礼だろうが!なお、百姐さんを「剣士」と呼ぶのは少々躊躇われる←失礼だろうが!

こちらも偽一完全スルーwww…ていうか百姐そんな怖ろしい人じゃねえしそんな罠も知らねえよ(笑)テキトー書いてないかオイ(;^ω^)

先日の記事でも感じたし思ったことなんだけどさ(``)モノを知らんのが記事書いてるのってなんかヤだよな表層的で、プレス丸写し感ていうかね(``)偽一には触れないようにってお達しでもあったのか?まあとにかく、原作知ってたら一番触れたいとこだろこれ(笑)


【木村拓哉も「すごく大きな存在」…杉咲花『無限の住人』劇中カット到着】

見た目原作とはちょいとイメージ違うけれど、トレイラー見た限り庇護欲をくすぐる子供感が好い(・ω・)この場合「可憐」であることは重要だ。


〜ここで、特報公開直後のあれやこれや〜
(クリックで一連のツイートが開きます)






続報(本予告)まだかいな(・ω・)はよ見たいわ、年明け早々くらいに来るんじゃあないかと期待してるんだが。



(翌年2月5日)




ウッヒョオオオオオオ(;°ω°)=3ええやんけ!!


『参』へ続く






2017年02月10日

What's support




わかるわー、僕も何年か前にこういうの書いたことあった(参考)

特に日本てこんなカンジで縮退してくんだよな…

日本人て好意を伝えるのが苦手っていうか自分の好きなものを「好き」と堂々と謳うことを恥ずかしがるっていうか…嫌いを謳うほうが恥ずかしい事だと思うんだが(ジャパニーズインターネッツ)

まあそういう部分で『いいね』ってシステムは本当に日本人向きだなあと思う。でもぶっちゃけ、ソッといいねしてくれるよりもキッチリ広めてくれるほうがありがたいのよ物作ってる側としては。

正直言って、ちゃんと言葉にしてくれたり貼って広めてもらえたりのほうがありがたいし嬉しい、励みになるものなのよ。"ポチっとボタン押して終わり"だとね、「でも他の人にオススメ出来るもんじゃあ無いってことか」って、逆に不安になったり意欲削がれたりさえするのよ。そういうもん。

かつて、僕の推し(お察し)も、"とある状況"について、こんなことを言ってました、『「こんにちは」と言ってるのに「こんばんは」と返されるような寂しさ』と。

そういう、普通は(立場上)なぁなぁにしておくようなこともハッキリと言うところがまた好きなんだ松井玲奈。←つまりこういうこと


この流れで言うけど。それこそなんて恐ろしい数の「嫌い」に晒され続けてるよね、それでなくともネット民は否定から入る・否定するために入る癖がついてるしね(笑)そんな今だからこそ「でも俺は私は好きだぜ」と何事も、キッチリ堂々謳わないとさ。

「好き」と宣言することを恥じるってのは、その好きな物や人物を「恥ずかしいもの」だと思っていると無言で語ってるようなもんなんだぜ(・ω・)そのほうがよっぽど恥ずかしい心さ。

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完 全 変 態

OPTIMISATION #2

概要はこちに同じ。新録パートあり。




2017年02月09日

BAD LUCK JASRAC #2

前スレ


【JASRAC理事「私だと勝つ確率は8割、私に論破されてるようでは、顧問弁護士に100%勝てない」】

これは僕の経験則だが、一人称「小生」の人物は、その自称の意に反し尊大で鼻持ちならない所謂インテリ気取りが目立つ。

遜って言うもんなんだけどな>>小生
7:3くらいの割合でむしろ偉そうなのが多い不思議(笑)

なお >>14 それなんだよな。そこが税、年貢の時代から変わってない所なんだよな。景気が好かろうが悪かろうが御役所様ってのは手前の懐を一定保守しようとする、しわ寄せが来るのは民草。あれこれ課税が増えてるのも、つまりはそういうこと。尚、好景気の時はムダにジャブジャブ使いもする。

不景気続きで収入減、税金払うのもキツいってな人達が増えても、およそ御役所様方は「自分達がそれに伴って『痛み分け』する謂われなど無い」と思っているもの。今回のも、それと同じ様な"高飛車"だろう。たとえば「CD売れなくなったから(我々の収入を守るため)その分徴収枠を増やそう」とか。

下々がヒエやアワ食って飢えしのいでる時でも白米たらふく食えて当たり前、そういう頭なんだよね(・ω・)実はさ、『義務』の正体ってそれなんだぜ(看破)


【JASRAC玉井さん、理論武装した凸者に完全論破され涙目ブロック逃走】

小生=小人説を見事立証してくれてるなあ。自分を優秀と思い込んでるボクちゃんのまま年取った人って感じだね、「論破」に対する執着にも、それが垣間見える。

「運営する者が」って文言に、他人を見下した心根と、既に冷静を欠いた心情がほの見える。そこは「方々が」だろう普通、大人なら。自身と、それに関する或いは類する立場の人間に対してではなく外部の人間に対し「者が」とは普通言わんよな、何か侮蔑的な意をもっての場合くらいしか。マトモな社会人ならば。

それともあれかな、『同胞』だと思っているから「者」と言えるし言ったのかな?いや思ってないだろうね、この人物は「自分のほうが格上で上流」と認識してるだろう(・ω・)むしろ実態的には「下流でおこぼれ頂戴」してるだけなのにね。

まあ、もし仮にそう考えている其の様に認識しているとしても、彼が呼ぶところの「者」たちは「おまえ(ら)と一緒にされたくないわフザけんな」って想いに違いないだろうと確信するよ。

ホント面白いように所属組織の心証/立場を悪くしてるよねこの人、まさに獅子身中の虫…あの組織を獅子とは呼びたくないけど(笑)自分の賢さ優秀さを認めさせたくて仕方のない坊やみたいだよね(´・ω・`)或る意味キモヲタ的な幼さを感じる。止めてくれる友達もいないのか。

匿名掲示板等に現れる、絶対に非を負けを認めない粘着性自称玄人と同じ臭いがする。や、この捨て台詞っぷりがもういかにもで笑うわ(´ω`;)もうこれ以上醜態を晒すのおやめなさい(お黙りなさい)な…と、言ってくれる人がいても聴かなそうだね、"負けず嫌い"だもんね(これぞまさに「何と戦ってるんだ」だ)

そりゃま学力と人間性いわば真の知性は必ずしも並び立たない、どころかワリと無関係だったりさえもするんだけどさ。これじゃあ世間的な「東大出」のイメージまでも悪くしてしまいかねないぞ(´・ω・`)…ボクちゃんに権威与えるとロクなことにならんな。


「金持ち喧嘩せず」じゃあないけれど。賢しらに論戦を好み、執拗に論破に拘るのは、悉く小人。およそ建設的論議なんてのは求めてないんだよ、求めてるのは「言い負かして勝つ」っていう安っすい優越感。本当に建設的な人間なら、その時間を創作なり沈思黙考対自核にでも充てるだろうからね。

ここでの建設的=クリエイティブと読み替えていただいてかまわない(お察し)

ああいう情動行動って、ひょっとすると『劣等感』の裏返しなのかもしれないな、なんて思ったりもする。同様な立場を"ひとからげ"にするみたいで少々気が引けるが、敢えて言おう。もしも僕なら(・ω・)東大まで出て何も自分では産み出せないなんて、酷く劣等感を覚えると想うんだよね逆に。

極論「どうしてあなたはそこにいるの?」ってハナシ。




なんかもう、あの人がキャラ立ちし過ぎてるもんで本題外れて別の話題になってきてる感もあるけれど(笑)でもま、ほら、「敵を知る」のは大切なことだから(何と戦ってるんだ)

や、マジメな話。敢えて言うけど「よいサンプル」だと思うよ、"相容れない思考・感性"を探るには。ああいった立場境遇の人ってのは、およそ、良くも悪くも、いわゆる"創り手の魂"とは対極的であることは明白だから。

しかし、ご本尊は彼の行動言動を「独走(暴走)」とは認識してない、つまり個人の見解に非ず総意で代表と認めてると受け取ってよいのかねえ。「一切関知しない」ってスタンスだったらそれはそれでまた面白いが(鼻つまみ者感)・・・にしたって「コンプライアンス?なにそれ美味いの?」って次元だと思うけどね、この放任放置っぷりは。間違いなく『社』としては常識外れ、「異常」だよね(笑)一般社会なら三日ともたないレベル(漂うお役所お役人感)


【追記】

むせかえるほどの小人臭(既視感)

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こういうのって完全に『悪者』の言いぐさだと思うんだが…やっぱ無自覚(真性)なのか。

まさに、おとん定期に相応しい。

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この種の発言で有名なのっていうと先ずこれが挙げられるけど、これはまだネタ(わざと)っぽさが感じられる。ていうか見ず知らずの相手に当たり前の如くタメ口リプ飛ばすのは確かに感心は出来ない件。ツイッター(日本)の空気は2ちゃん主にVIPPERの影響受けた「ネットはタメ口当たり前」と勘違いした若年ニコ厨(当時)が大挙流入して出来上がった経緯があるので、それ以前からのネットユーザーの言語/礼儀感覚と隔たりがあるのは事実。

「隔たりがある」のは、彼の人物もか(お察し)




本稿、分類"バカッター"の枠に入れたほうがいいような気がしてきた(入れました)


【追記】
本当にひどくてもう笑うしかない(真顔)






2017年02月03日

BAD LUCK JASRAC #1

ふと覗いたmixiにて、こんな御布令を見かけた。
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昔、教室の机、今SNS上。お気に入りの歌詞を写し自己投影して悦に入る(そして共感をも求める)演劇性人格的行動は主に女子、特に中高生の得意技ですが(笑)自分の想いくらい自分自身の言葉で綴ろうや(・ω・)のう?「代弁者」だとか「カリスマ」だとかに依存し頼ってるうちは本当の意味での主役には成れないんだぜ(意味深)少々語彙が貧困であろうとも、受け売りでは無い自分の言葉で想いを綴り語ってる人のほうが好感もてるし将来性さえ感じるよ、いやマジで。

まあ、そこんところが中二と厨二の差っていうかね(持論である)

自分を自分で語ることは恥ずかしいことではないのだよ(・ω・)むしろ恥ずべきは、借りものの言葉に代弁させることだ、それは語りではなく騙りだ。(要約:人の歌詞を写すくらいなら自分でポエムを書くべきだ)

C3myRX9UYAIfKMI

(C)沙村広明


という厨二な僕による啓蒙はさておき←

まあ「ケチくさい」と思う気持ちは解らなくはない。歌詞のみならず、音そのものについてもやたらに締め付けたカスラック(仮名)は、結果的には音楽振興を阻害してもいるわけでね。

しかし。音の方なら例えばYouTubeなどがそうしている様に"権利者との分配"やらも割合容易だけど、歌詞は本当に誰でも『コピー』出来ちゃうから、そういう取り組み仕組みは難しいだろうね、膨大過ぎて。だから「やめろ」と言うしかないって面もあるだろうとは察する。ただ、それゆえに「歌詞のコピペで収益得てる」なんて人は現状まず居ないだろうね、少なくとも一般的SNSでは。そう思うと、そこまで締め付けなくてもいいんじゃあないか?って、少々"擁護"もしたくはなる。

たとえばさっきこの一連の中で『画像』を貼ったけど、あれも「本当はアウト」なんだよね。でも、グレーな状態で看過されてるのが実状。そう、つまり暗黙的に「見逃してくれてる」んだよね多くの場合(・ω・)人様のものを"利用"させていただく際、その事を忘れてはいけないと思う。

なお。だから僕は、たとえば放送間もないテレビ番組やらを丸々無断アップロードして神気取り、あまつさえ収入まで得てるような輩は大嫌いなのだが(・ω・)いかんせん、それらを堂々「話題の動画」と称しオススメしてくるYouTubeの姿勢は(笑)

ところで、なぜ『神』が生まれるかというと、「拝む人々がいるから」なんだよね(皮肉)


〜翌日〜


うわすげータイミング(笑)
【JASRAC、音楽教室から著作権料徴収へ 業界は反発「演奏権及ばない」】

もう解体したほうがいいんじゃないか一度(真顔)

まあね、ネットの普及が悪い風に作用して『タダで当たり前』みたいな認識が育ってしまって看過の度を過ぎてるってのも事実としてあるのはわかるのだけれど(´・ω・`)こうした施策が功を奏する/プラスに転じるとも思えないのよね。そりゃまあ少なくともカスラック自身の懐は僅かなりともプラスに転じるかもだが(笑)商業では無く文化としての「音楽振興」って立場から考えたら、益々遠ざける結果にしかならんと想うけどな(・ω・)

だからもうみんな自分で作ればいいんだよ(わりと真顔)


〜さらに翌日〜


【ヤマハ、河合など「音楽教育を守る会」結成 JASRACの徴収方針に反対】

そもそも芸術と商業は相容れぬ性格、端から無理のあるもので、この対立も利己対利己…などと言えなくもないが、さすがにそれを言っちゃあおしまい(じゃあ言うな)…てことで僕は反JASRAC側を支持。少なくとも彼らは文化としての音楽振興に寄与帰依してるからね、片やの利権ゴロと違って。芸術家の本懐は文化の振興(時に或る種信仰的でもあるけれど)そんな小さな愛の鐘。だが、あのゴロつき団体には愛が微塵も感じられん、もう金の音しか聞こえてこない。

ただの天下り先生に造詣も愛もあるわけないじゃない(考えるまでもなかった)

もはやNHKとタメ張るカルチャークラッシャー>>JASRAC

まあ、自力で創作・調達出来る人だけが気軽に楽しめる文化、高貴な趣味って風にしていきたいなら、どんどん締め付けていけばいいとは思うけどね、ぶっちゃけ戦前くらいの文化レベルに戻るだけのことだから(・ω・)でも利権じゃ食えなくなるよ。

いわば、自ら「庶民の娯楽」と仕立て煽っておいて、台所厳しくなったら「軽々に嗜むな」と梯子外しにかかってる様なもので、そりゃ反感も買うわな(・ω・)まあ新興の業種にはよくあることだけど(笑)文化として定着してるものとなると、事はそう易いもんじゃあない。


蛇足だが。まあ、僕程度の者でも、また、そうした委託を頼らぬ在野って立場だからこそ、著作物保守の大変さは知っている(´`)確かに面倒くさい、そりゃあ誰かに委せたくもなる、ましてスケールが大きくなればとても個人の手に負えるもんじゃあない。…でもねえ(何)

ちなみに、無断転載の取り締まりに日々追われまくってる個人事業主を知っている、もう傍目に「創作にかける時間が無くなるだろあれじゃあ…」ってレベル。そういった様子を目の当たりにしちゃうと「必要だよな」とは思うのよ管理管財代理人(・ω・)でもねえ…まあ何事も程々が丁度いいってことだな←


なお、念のため。




【追記】
【JASRAC「もう我慢の限界。JASRACの懐などというものは存在しない。全部アーティストに配分してる」】

>>119 これまでは相手が個人事業主レベルだったから傲慢に圧してこられたが、今回は大手企業団体の結束決起伴ってるからな。

>>143 この際ついでに言っちゃうと、少数の才能に多数の無能が集り過ぎな搾取の構造なんだよな(音楽業界に限らず)

(ここで言ってる"無能"とは、この場合あくまで「音楽的能力(作曲演奏歌唱etc)は無い」という旨。「なんの取り柄も無い」といった揶揄では無い(次項で"別の能力"について触れてるから分かるとは思うけど)念のため。)


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職人気質の人間て商売下手というか金銭無頓着気味で(もちろん人にもよるけど)、そこを利用されるって面がある。そうしたところで、不得手を得手が支援する協力関係ってのが必要になるわけだから、かの団体はじめとした言わば"別の能力"の存在を否定はしない(昨日述べた通り)。が、やっぱりちょっと集り過ぎだよな。

職人肌芸術家肌ってのはおよそ「製作創作以外のあれやこれやに煩わされたくない」ものだから、金策だとか他人に委せてしまいがちなんだけど。これからは、もう少し商い事も勉強しないとダメかもわからんね(苦笑)我が身を立てるにも、寄生されないためにもね。



【追記2】

【JASRAC「農業に例えてみました。我々は収穫の時期を待っていただけ。何が悪いのか?」】
このツイ(※)"権利者"は作家だよな、JASRACではなく。作家自身の声なら聴くに値するけれど、お代官様が言っても説得力に欠けるよな(笑)魂の平行線

(※)「まとめ」の見出しは凡そ印象操作的であり恣意的なので、必ずソースを見て、自分の頭で判断していきたいものである(・ω・)

お代官様というか、野伏せり或いはモヒカン肩パッド的思想とも感じられる。

しかし何と戦ってるんだろう、この人。よほどヒマなんだろうか、日がなツイッター上で論戦に時間費やしてられるってのは。それこそ物を作り出す人間なら時間の浪費と避けそうなものだけれど、「これも仕事のうち」なのか?それこそ、胡座かいてても入ってくる不労所得でも無いと出来ない業だと想う←

何しろ、宦官の考える事とは、どこまで行っても『税収』という発想である。物作りに骨身を削る魂とは終ぞ相容れない(答えは出ている)




【おすすめ】




今回は、世論がどう騒いでも恐らく事態は好転(と呼んでおく)しないんだけどね。たぶん某公共()放送以上の傲慢さで押し切る、その腹づもりじゃないかな。何故なら、あの団体自身は「世間に嫌われたって痛くも痒くもない」から。自分で物を産み出してるわけではない者の強みだよ(笑)まったくボロい商売だね利権屋ってのは、そりゃあやめられませんわなあ(やりたくもないが)



なんかまだまだ伸びそうなので新スレ立てる





2017年02月02日

ピッキング論<序>「自己正答化」

もうずっと前から"ピッキングの変遷"について書こう書こうと思いながら、そしてリクエストがありながらも、あまりに長大となりそうなので忌避してるのですが(笑)「屈伸」これね、これについては、またちょっと思うところあるので、別途少々語ろうかと思います。

以上はGoogle+にて、ありがたい投稿を頂戴しての返信分。
それを基に、以下。


そう、僕「親指屈伸」サークルピッキング、殆ど使わないんですよ、エコノミー(スウィープ)の際に多少出てるくらいじゃないかな。「ピッキングスタイルの変遷」については、詳細に語るとなると非常に膨大になるのでまたの機会に譲るとして(←逃げた)、今回は屈伸に限ったお話。

先ず。見てもらえば分かると思うのだけれど、僕、ピックガードに指を着けないんですね。昔は着けてた時期もありましたけど、矯正しました。

ピックガードに指を着けると特に、単純な直線的ピッキングの"安定感"が増します。例として『一弦のトレモロピッキング(高速オルタネイト)』、単音で(開放でも)いいので試しに、普段「指着けスタイル」の人は、敢えて指を着けずにやってみてください、おそらく思うようにならない、「フラつく」ように感じるのではないでしょうか。

で、僕、それを嫌って矯正したんです、「(着けるのは)なんかズルしてるようなカンジする」みたいな(笑)や、それもまったくの冗談では無いんですが、最も大きな(矯正の)理由としてあったのは、「(着けないほうが)音に"弾み"が増す」と感じたからです。まあ、物理的感触も含めてあくまで「感覚的」なものなんですけどね。とにかく、より「手首スナップ」の方向に切り替えたってところでしょうか。

さて。いわゆるコードストロークを行う際なんかは当然ですが、ジャズ系のプレイヤーなんかだと、常に完全に手首フリー「宙ぶらりん」なのも珍しくありません。しかし、大音量のオーヴァードライブサウンドを駆使するロックなどでは"ブリッジミュート"も重要な、必須と言ってよいファクターになります(※ここで言う"ブリッジミュート"とは奏法としてのそれでは無く消音/ノイズ防止策と捉えておいてください)。

僕の主軸サウンドスタイルも、それを必須とします。なので、基本的には「ブリッジに手の甲を乗せて」いますが、自宅練習時なんかは手首フリー(宙ぶらりん)でやってることが実は多いです。手を接地するという"補助"(あるいは"拘束")が無いから、純粋な「手首スナップ」の修練になるんです。

あ、そうそう、もうひとつありました、ボディに手を着けなくした理由。アコギ弾くときボディに指着けてると音に影響(響きが殺されたり余計な音が乗ったり)ありそうと嫌ったってのもありました。


さて、ここで屈伸の話。

まあそんなカンジで、紆余曲折あったものの「手首(の振り)で弾く」って点、その心がけに関しては一貫してたんですね、ビギナーの頃から。なので、「指の屈伸使うってのは選択肢に入ってこなかった」というのが実のところかもしれません。ついでに言うと、イングヴェイしかり、映像で見て(屈伸多用してるのは)分かってはいましたけど、「全く同じにして良い結果が出るとは限らない、そもそも手の大きさも違う、自分には自分のベストがあるはずだ(時間かかってもそれを自分で見出そう)」なんて思って、そこまでは真似しませんでしたね(笑)

(ちなみに、親指の関節自体はワリと柔らかいほうだと思います、逆反りも出来ます、ていうか昔々は逆反りで弾いてた時期もありました(※但し「逆アングル」では無い)。なお、反るのは右親指だけ、左親指は全く反らない。元々こうだったのか、ギター弾く様になった結果こうなったのかは、もはや不明。)

ぶっちゃけた話。イングヴェイフォロワーの人って右手の弾き方のみならず"置き方"までもソックリ真似てる人多いなあと思うんですけど、どうでしょう。あれ、本物(インギー)は手がデカいから"自然とあの格好になってる"んじゃあないかって思うところもあるんですよね(ちなみに握手したことあるのでデカさはよ〜くわかってます)対して…まあ欧米人はおしなべてデカめですが…平均的日本人の掌サイズであの置き方って"不自然"いわば不合理な気もするんですよね。例えば「弦跳び(スキッピング)」の際、あれくらいデカいと少しの動き、それこそ指の動きだけでも軽く跳躍出来そうですが…

…言わんとしてるところ、わかりました?(・ω・)実は実は、この点もまた僕の「着けないスタイル」に繋がってるんです。手首固定して指コネコネは「直線的速度」を重視するスタイルには向いてる(体力的にもエコノミー)と言えますが…手首スナップのほうがいろいろ応用も利くんですよ(もちろん実際には複合的/併せ技なわけですが)、少なくとも僕程度の掌サイズだと。

…もう、この際ホントぶっちゃけちゃうとね。手首使わず(使えず)ひたすらハナから指コネコネしてる自称「速弾き」って"実はヘタクソ"な人が多いです(何がどうヘタクソ(駄目)なのかを具体的に述べることは出来ますが本題から外れるし、ともすると「こきおろし」にもなるんで、ここで細を穿つのはやめておきます)


以上…つってもまあ、あくまで僕の場合であり僕の主観ですから。物理的力学的合理性を追求すればもちろん一定の解/模範に辿り着くとは思います、古典方面におけるアーティキュレーションしかり。しかし、それにしたって肉体的特徴やなんかは、およそ考慮されてはいない。表現の庭において、模範解答イコール絶対の正答では無い、と僕は考えます。

こと「自分で作る」人の場合、誰かとソックリのままでは、結局その人の下位互換に留まる事にもなりかねません。そこのところで言うなら「僕とインギーとでは(影響こそ大きく受けてるけど)根の音楽性が違うから弾き方も異なる形に成っていったのは必定自然」…とも。要は、見てくれのあり方じゃあなくて出てくる音、鳴らすべき(求める)音ですから。そういう意味では、「(弾き方なんてのは)わりとどうでもいい」(笑)そう、僕には僕の、あなたにはあなたのベストがあるはずです、それを模索し確定させる、いわば「自己正答化」です(^皿^)なんちて

ではまた、いずれ(<序>があるからってすぐに続くわけではありません←)





うーん、なんか、一部拾い読むと、ちんちんの話してるみたいだな。







2017年01月30日

りま☆すた

近頃REMASTERに凝っているのは自分自身「もうちょいゴージャスな音で聴きたい」ってのが理由。実は元々YouTubeに上げる際、特にカヴァーものに関しては意図的にクオリティ落としてる所も実はあるんだけど、それにしても一部…ちょっと前に書いたと思うけど、一時期環境に不備があって"意図せず"な状態だったりってのも在って。

で、せっかくだから(旧版を気に入ってくれてた人のためにも)公開しようと、そういう流れです。決して過去ネタで茶を濁す(手抜き)とかじゃあないんですよ、いやマジで(・ω・)そんなカンジでダブルミーニングなOPTIMISATION。



既公開の所謂"ネオクラ"系ネタの高音質化及び一元化、各曲の詳細については各々の過去ログ御参照 (This is a for high quality sound and unification of publicly known so-called "neocla" story. refer to each past log for details of each song.)

"Raging Fire" HAYATEBUNE (Playing with TAB)
"Beginner" AKB48 (sounds low)
"Jet To Jet" ALCATRAZZ https://youtu.be/SH-6Jsn7c5c (sounds low)


エンドクレジット、スペルミスってることに気付く(^ω^;)やっちまったな

× Biginner
○ Beginner



【第二弾】OPTIMISATION #2







2017年01月27日

原点的には「遊技場」








>>先日のVANHALENネタ
それもあわせて纏めたのをYouTubeにもいちおう上げておいたけど、一部そして市販品でないとはいえ"本物"を使ってるから消されるかもね?(そこんとこも含めて今このテの遊戯にはツイッターが丁度いいカンジなのである僕としては)





2017年01月25日

ああ!!あああああ!!こんなんありかよ!!!

多少のネタバレ含む雑多なシンゴジ関連発言 on Twitterまとめ、その4。

【東宝はなぜ『#シン・ゴジラ』を庵野秀明氏に託したか】
「女性とか子どもとか意識しない」←少し前この点に関し言及したら女性から「差別的」みたいなリプ飛んできた事あったんだけど…どれだけ「優遇」されてるか認識無いんだなと残念に思った(笑)

このときね。




【庵野秀明監督、シンゴジラ制作の東宝にブチ切れていた】
やっぱ今の上層部の無能っぷりはガチなんだな知ってたけど(ここまでの一連他御参照)。シンゴジには"自主制作映画"の香りが在るんだよな勿論好い意味で、ルーカスの私作品だったかつてのSWの様な(★)

それでも結局は作家に対し折れただけ今回の事で進歩したのかもな、そう願いたい。如何に商業とはいえ「今こういうのがウケる」ばかりで物作ってたら文化は暫時矮小化していくよ、何もかもを凡人に合わせてたら。送り手は凡人を釣り上げるのでは無く「引っ張り上げる」くらいの志し、傲慢さを持つべき。

「こうしておけばあいつら喜ぶだろ」みたいな或る意味客をバカにした物作りしちゃあダメだよ送り手は、そういうのが『子供騙し』ってもので、すると客は成長成熟しない→以後繰り返しで互いに水準低下していく。このサイクル/スパイラルを #エナジードレインの応酬 と言う。







【余談】


そう、それでこんな妄想をしたって話w



(★)







私は好きにした、君らも好きにしろ

多少のネタバレ含む雑多なシンゴジ関連発言 on Twitterまとめ、その3。

この際だからシンゴジ否定派について言及しよう。絶賛の一方で、おそらく『アンチ』と呼んで差し支えないほど荒れてる向きも在るだろうなと思う、それこそ「冒涜だ!」ってな感じで。また、ことさら必要以上に「エヴァ」という"偏見"を端から持って当たってる向きがあろうことも容易に想像がつく。

僕個人は、そういう態度って、ぶっちゃけ「くだらない/つまらない思考停止と色眼鏡だなあ」と思う(・ω・)すまんけど。物心ついた時からゴジラ好きで、初放送時からエヴァ好きでもある僕にとっては、もう単純に「旨味しかな」かった(笑)さらに言うと、これまた"必要以上に"エヴァに関連付けたがってるご新規さんのことも気に入らないんだろうね、いわゆる「ニワカどもが!」な感情で。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。よくアニオタドルオタって批判されてるけど、特ヲタってのも、子供じみててタチ悪いの多いからねえ…僕が言うのもなんだけれど←

まあ、「ボクが一番詳しい!ボクが作ったほうが絶対イイ!」っていう幼さ(・ω・)で、それまでクサしてたものを手のひら返して上げてでも今を叩こうとするのも、これもう昔から、伝統行事みたいなもんだから(笑)かく言う僕は初ゴジ原理主義者(自称)だけれど。なにしろ、過去に凝り固まり取り憑かれて新しきを楽しめない人生なんて、実につまらない(・ω・)それは「拘り」とは違うなあ、「可哀相」とすら思う。温故知新という言葉があってだね(ry

ああ、そうだ。音楽に関しても「エヴァの使い回しだ!」などと憤ってる(叩き材料としてる)向きを見かけたのだけれど、それ言ったら伊福部音楽も使い回しだよね、むしろあっちと違って新録さえしてないんだし(・ω・)ていうか鉄人28号白昼の残月における伊福部音楽の流用は絶賛してたような。

まあ、つまりだね。内容云々さて置いてとにかく主にエヴァ(と、その世代)が気に入らないんだろうなって感じ(笑)そういうの(´・ω・`)同じオジサンとしてオジサンは悲しいのです(まゆしぃ調で)

なお、以前も書いたが、僕はシンゴジ=「エヴァっぽい」ではなく「庵野世界」だと思っている、作家性・表現手法ね(※)で、"それ自体が口に合わない"ってのは、もうしょうがないよねってハナシ。

※それ故に。エヴァ好きでもあるけれど、殊更にエヴァと並べこじつけ語る方向は好まない。





【庵野秀明監督に聞く・動画付き】シン・ゴジラで重ねた無理とは?
>>ストレスだったのは、「主人公の恋人や家族の問題などの人間ドラマを入れてほしい」という、プロデューサーの要求でした。
アッハッハ。゚(゚´ω`゚)゚。もういかにもな話




作家に「ストレス」と言い切られてて草。いやもうホンマに『泣ける商法』に浸かり染まりきっとるんやな上の方(・ω・)「気持ち悪い」←


活動停止したゴジラを超鋼製拘束具で覆い封じる作戦、通称『石棺』を実施するも(中略)鋼の鎧を纏い再び動き出したその姿は、さながら機械仕掛けの神、デウス・エクス・マキナであった…

…という『シン・メカゴジラの逆襲』が進行中(僕の脳内だけで)





ところで。思わず口にしたくなる、口にするだけで何だか心躍る、そういう意味での今年の真の流行語は『無人在来線爆弾』だと僕は思うのだ(`・ω・´)なお、次点:『ケルヒャー』

すなわちシン・流行語(自分の中で)





というわけで、ゴジラ対バケットホイールエクスカベーター(長い) #雑コラ
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その4へ、つづく。





八塩折之酒

多少のネタバレ含む雑多なシンゴジ関連発言 on Twitterまとめ、その2。

【ゴジラ:初の劇場版アニメに!「まどマギ」虚淵玄の脚本で17年公開】
これは意外な展開、意欲的だな東宝。ゴジラには伝統芸能というかバイブル的な呪縛の様なものも少なからずあって。冒涜紙一重で見事"新約"せしめたシンゴジに続く革新成るか。

原点回帰的なのに冒涜紙一重とはどういうことか?それは(・ω・)ネタバレ無しで語るのだいぶ困難だから今はカンベンしていただきたい。まあ…例えばジーザス・クライストを「いち人間」として扱い描いたら、それはもう物議を醸したわけですよ教圏じゃ。でも神性ってのは感じさせ方(描き方)次第でもあって、つまり俗世と属性は並び立たたずってものでは無…だめだネタバレ避けようとすると妙な禅問答じみてくる(笑)


昨日ちょうど考えていたのです、ゾク・ゴジラ云々(・ω・)あれだけの物創られたらそりゃ「もういっちょ頼む(期待)」って気持ち解る、でも庵野氏の作家性を想うとそれ実現難しそうって思ったり、しかし他の誰かにあの続き作れってのはあらゆる意味で酷だし観たくもないような…とかね、グルグルと。

そんな風に考えていて行き着いたのは「あの続き(もしくはあの路線)で無い物ねだりをするくらいならばいっそのこと『ゾク・ゴジラ』でいいんじゃない」だった、「俗」ね(・ω・)つまりファミリー向け路線てこと、べつにネガティブな意味じゃあなくてね?むしろ本数的には主な在来線←

と、そんなところへ出てきたこの話題ゆえ(・ω・)「そういうチャレンジもアリだよな」と思うのでした(わりと好意的に)正直なところ。あれは現実の投影だから、あの路線であの次元の爆発力を期待した場合、また何か未曽有の事態が現実に起こりでもしないとね(それはまっぴらごめんだ)みたいな(・ω・)そんで「もしも再度やるなら今度は対決ものやりたいんじゃないだろうか?」なんてことも想う。出し切ってるもの。ていうか「対決ものってことならいっそウルトラやりたい」って想像もする(笑)…や、今回の成功を見て円谷が働きかける可能性もゼロでは無い(妄想)

広義にはウルトラさんも「巨大不明生物」だものね(笑)劇場版ULTRAMANとかそれなりリアル寄りだったけど、ファンタジー色を完全に排したSFシリアスだとどう扱われるのか見てみたい気もする、観てる側にも誰(何者)なのか全くわからないってミステリー調で。…でもその線だとほぼ平成ガメラの焼き直しになるんだよなあ(没)


DVD/BDの特典で新撮映像『巨災対のいちばん長い日』とかやってほしいな。リアルなポリティカル要素が特筆されがちだけど、明快スペクタキュラーな娯楽作としても楽しめるし、怒涛の会話劇(笑)として見ても面白いのがシン・ゴジラ。






「民間の描写が少ない」とかいう論評がちょいちょいあるけど、あれはつまり「現実」を突きつけてると思う(・ω・)実際には民間人に手出しなど出来ない、絵的にも怯え身を守るくらいなのだ。ハリウッド映画的な、事態に直接関わる偶然の英雄に目が慣れ過ぎてるのかもね(と思う)それこそギャレゴジなんかも、モロそれだったしね(・ω・)民間人にあらず軍属でこそあるけれど、つまるところは彼のダイハードっぷりが全編の大半を占めてたものね(笑)

昔からディザスター映画の多くは、共感し易い即ち「一般目線」に近いところに視点を置く傾向があって。それはかつてのゴジラ映画でも見受けられたもの(如何にして(民間人を)事態(ゴジラ)に関わらせるか)。そこを敢えて、"311という現実"を経てバッサリ削ぎ落としたのがシン・ゴジラかなと。

★ここでひとつ自薦、あわせて読んでもらえるとありがたい。
【ディスガスティングディストピア】




【「カラー10周年記念展」フォトレポート(ネタバレあり):シン・ゴジラ“形態変化”は「東宝さんに嫌がられました」庵野監督が語る裏話】
だろうなあ、既存の"歴史"からすれば「冒涜」ものだもの(笑)だがそれも出来栄えでねじ伏せた(喝采)

言わば(少なくともイメージを)根源的に覆したからね、「私は見た!確かにジュラ紀の生物だ!」に始まり連なった、ゴジラ=恐竜の生き残り伝承。

いやあれは本当に衝撃だったよ、川遡る背鰭で完全にヤツだと思ってたら「え…な、なんかキモいの出てきた!なにコイツ、もしかして敵怪獣?これって実はVSものだったの!?」って激しい困惑を楽しめた、情報完全シャットアウトしてたおかげ(笑)なお、そこからの急速進化で更に衝撃受けたのは言うまでもない(言ってるが)そりゃもうオジサンにしてみりゃあ(・ω・)ゴジラという常識・固定観念をスコーン!と覆された思いだったさ(好い意味で)

なお、シンゴジから入った若い世代が初代観てジュラ紀=200万年前と覚えてしまいやしないかとオジサンはちょっぴり心配している(笑)

え?「それ以前にイグアナがあるだろ」?なにそれ知らない←



その3へ、つづく。




無人在来線爆弾

その「健気な活躍」ね。あれホント熱いのよ、見ようによっては「かわいそう」にもなるかもだけれど敢えて訴えたい!これまでの歴史上もう踏まれたり掴まれたり咥えられたりばっかだったのがね…遂に一矢報いたわけですよ!戦友なわけですよ!(`;ω;´)ゞ敬礼!あれって昔の男の子なら一度は"そういう遊び方"したと思うんですよ、ソフビ怪獣やら相手にね。だから、めっちゃロマンティックなんですよあれは、もう泣き笑いするくらいにw


と、そんなカンジで多少のネタバレも含みつつ時系列的に
しかし雑多に、シンゴジ関連発言 on Twitterまとめ。


(製作発表/公開前)

2011年3月。大地震に伴った例の件をテレビで目の当たりにしたとき、僕は「ああ、もう日本でゴジラを作ることは出来ないかもしれない」と思った、マジでそう思った。と同時に、「ならばこそ新たに示すべき」とも思った(・ω・)お察しください

ところでこの題名『シン・ゴジラ』、新とか真とか神とか色々あるけれど、僕は勝手に"Sin"と解釈していたりする(・ω・)罪科

「怖い」のは本来当たり前として。グロいとか言われてるけど、めっちゃカッコいいじゃあないか!あの発光でバーニングゴジラと比して云々もされそうだけど、個人的にはGMKゴジラのゾンビ感を押し進めた様なというか、血みどろ感。また、生頼ゴジラ(1984のポスター)を彷彿もした。

一見さんおことわり的な悪マニアみたいなうるさいこと言いたくはないのだけれど、どうしてもこれだけは言いたい。「新しいゴジラ死んだ魚みたいな目なにあれ」とか言ってる人って恐らく第一作観てないんだろうな(´・ω・`)ヘタするとGMK白眼ゴジラすら知らないんだろうな。なんでよく知らんものにわざわざ難癖つけるのか、ツイッターらしいっちゃらしいが(ほめてない)

不安が無いわけではない(・ω・)それはもう色々とある。しかしとりあえず「カッコいい絵」を見せてくれるだろうって点に限っては何の不安もない、「特ヲタの琴線に触れる絵」と言ったほうが正しいのかもしれないけど。

どこまで踏み込んでるのかなあ脚本。ゴジラ本来のディザスター属性それを語ること自体がタブーみたくなってるからなあ今(お察し)そんな今だからこそって思うのだけれど(それが出自であったわけで)でもあの予告観る限り、そのへん真っ直ぐニオわせてるように感じた、人間パートの現場の見た目が"当時"をとても彷彿させた(お察し)

不幸にも生まれてしまったこの国でゴジラは再び生きられるのかその存在を許されるのかって話よ、皮肉皮肉アンド皮肉な現実と虚構のクロスオーバーよ(・ω・)個人的には、気遣いの為に自罰さえできなくなったら「終わり」だと思う。

もしも現代だったら、あの時期ガメラもvsデストロイアも、公開差し止めまでは行かずとも非難の憂き目に遭ってたかも、なんて思うことがあるのだ(・ω・)わかる人はわかると思う、それくらい今は「腫れ物に触るよう」なのだ。

★ここでひとつ自薦、あわせて読んでもらえるとありがたい。
【ディスガスティングディストピア】




よもや公開後
「感動しました!」
「すっごい迫力があってぇー」
「ゴジラ、さいこぉーっ(はぁと)」

…みたいなCM、やらないよな?ゴジラに限っては(`ω`;)まさかな(不安)


(以下、公開後)


その最期、芹沢博士は言いました「幸福に暮らせよ」と(・ω・)色々あるけど大変だけれど、だからこそ、いまシン・ゴジラを観ることが出来る、それは幸福です。敢えて呼ぼう、この時に生き居合わせたことを"幸福"と。 日本よ、これが「必見」だ。 #シンゴジラ

僕が「ゴジラ(1954)をリアルタイムで観られた人、羨ましい」と思ってきたように未来の誰かが必ず思うだろう「ゴジラ(2016)をリアルタイムで観られた人、羨ましい」と(・ω・)だから悪いことは言わない、劇場へ行くんだ。





公開前というか(製作が)決まった時点で不安視したのは、そりゃ内容はもちろんだけど、生粋のゴジラファンとエヴァファン言わば庵野新規がヘンに衝突しやしないかなって事だったんだけど、蓋を開けてみれば概ね(?)仲良く楽しんでる様で、それがまた嬉しかったりするのですよおじさんは(´ω`*)

まあ勿論ね、中には居ると思うんですよ新規を快く思ってない向きも、ぶっちゃけ特ヲタってのも一部鉄ヲタの如くかなりアレな人はいるから。でもそのタイプはどうやったってボクが一番わかってるんだ!的で、決して満足することはないし謎の無敵状態な人なので(笑)新規の若人にはあまり気にしないでもらいたいなとw

ただし。エヴァと並列的に考察というか結びつけようとしてる向き数多だけれど、僕は、そこは「ファンサービスサービスぅ!」くらいに捉えおいてる、僕自身エヴァヲタでもあるので、エヴァ好きが深読み好きなのは重々承知してるけど(笑)だから「エヴァっぽい」というより「庵野秀明だなあ」ってこと。

それこそが作家性ってやつであり、つまり『庵野秀明の世界』ってことだと捉えてる、舞台や設定が直接的に云々ではなくてね(その上で、次回エヴァには逆にシンゴジ観た人がニヤリとするようなエッセンスが現れてもくるかもなあなどとちょっぴり楽しみにしてたり)


こんなご質問が僕のところに寄せられていたので、ここにも併せて。

Q シン・ゴジラに興味深々なんですが、ゴジラシリーズを見たことの無い僕でも大丈夫でしょうか?

A ぶっちゃけ「シリーズ」と言っても作品ごと独立してるようなもの(時には「リセット」さえしてる、今回もそう)なので、鑑賞に当たり連続性を気にする必要は無いと言っても過言ではない。なので、問題ない、それどころかあれで初体験というのもある種の幸運だと僕は思うくらいだ、是非!

だから「シリーズ」つってもね、寅さんとか釣りバカみたいなものと思っていいのよ。って言い切っちゃうと、またぞろ一部のうるさ型マニア(自称)がグジりそうだけど(笑)

や、マジな話、そういう一部ファンが醸す「一見さんお断り」的な排他性(自分を優位とする態度)が、特撮モノをニッチな市場へと結果的に追いやってきたって側面もあると思うのよ。例えばさっきのような質疑応答にしたって、あそこで早口で知識まくしたてられたら「あー…」って萎縮しちゃう(ハッキリ言うと"ヒく")って(笑)

近ごろよく話題に上る一部鉄道ファン然り、必ず存在するんだよね、そういう、「結果的に愛情の対象の足を引っ張るファン」て。たとえば現場で勝手に自分たちに都合よく場を仕切り始める○ートルズや○トーンズの自称古参直参とかさ(お察し)ぶっちゃけ言うが、そういった彼らはだいぶ精神性が幼稚だからね、「ボクが!ボクが!ボクが一番わかってるんだ!」って、たとえるならば、まだダメ坊だったころのアムロ・レイみたいなもん(・ω・)大きなお子さまなんだよ。

まあ、自身の能力特技、その部分においてはそれくらい傲慢だっていいとすら思うけれど(自信てことだから)ね、腐ってもアムロには実力あったしね(笑)だかしかし他力、他人の功績に寄生し依存してのそれはね、「僕の友達のお父さんが社長(ドヤァ)」並みの空虚。


ところで。シン・ゴジラを「国策映画」などと評し真顔で訴える向きの存在というのは「極度に偏った思想は鑑賞眼をも曇らせ歪ませる」という事がよくわかる事象(・ω・)まあ予測の範疇だったわけだけれど、実際に現れると失笑を禁じ得ない(笑)

や、マジな話「それ一体どこをどう観たの?」ってカンジだよね(・ω・)ネタバレになるからふせた書き方するけれど、では何故"あの人たち"は○国の決定に憤りすら見せ「なんとしても"それ"だけは使わせない」と必死だったんですかねえ?ってハナシですよ。その様はいっそ「中立的」でさえ在る。まあ何せ偏ったものの見方(解釈そして利用)しか出来なくなるってのは怖ろしいことだ(・ω・)そういう残酷なテーゼ←

つまるところ「逆張り」でしか主張も定立も出来ない、それを自ら晒し上げてる様なもの。それまさに文字通り「極端」ということ。中庸を「どっちつかず」とか「ノンポリ」とか蔑んで悦に入るくらいしか自己確立の術を持たないのだろう(・ω・)"アンバランス"を賢しらに振り下ろされてもね?って話。

なお、また一方で





とりあえずここで一区切り(つづく)

2017年01月24日

りふらふ




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なお、詳細解説(?)は、こちらで。


【追記】
せっかくなのでYouTubeにも上げました
(当然の如く動画品質はこちらが上)





2017年01月19日

???「自分さえよければいいの」

【「森のくまさん」の替え歌 販売中止求める | NHKニュース】

替え歌って子供が勝手にふざけて歌って都市伝説的に廻るレベルに留まるべき物だと僕は考える。原作著作者の着想や意図を著しく損ねる様な改変を商用とするのは好きじゃない。例えば、表現の自由とか言うけれど、それは所詮他人の褌だし、事によると作者の意志尊厳を傷付ける場合があるからね。かつてあった替え歌ブームや、古典にヘンな歌詞つけて用いてるCM(これは今でもよく見かける)なんかも昔から好きでは無い、「そっちに引っ張られてしまう」からね。

更にまた例えば。とある『真面目な動画』が在るとして。そこに面白可笑しなコメントが流れると、それに引っ張られる視聴者が現れる。すると本来の意図(作者の意志)からかけ離れた『お笑い動画』へと変じる事も起こり得るのだ。こう例えるとわかりやすいんじゃないかな現代的には(★)

すると、かのトッカータとフーガだって『チロリーン!鼻から牛乳〜』という認識になるわけである。や、"楽しみ方は人それぞれ"とか言ってもね、もしもバッハが生きてたら決して気分よくは無かったと思うよ(笑)それこそこの作者氏のように「やめてくれ」と訴え出たかもしれない(・ω・)そこが尊厳

そもそもこれの場合、おうかがい立てたまではよかったけれど、許可が下りなかったのに勝手に発売しちゃったんでしょ?そりゃあ論外ってもの、怒って当然だと思うよ。

だから、"人それぞれ"とは、個人レベルに留めておくべき、ということ。原典に敬意を払っていない改変を大々的に広告布告するのは原典に対する侮辱となり得る、ましてや、それで物質的利益を得ようというのは品位を欠いた行為だと僕は思う(・ω・)ついでにこれは礼節をも欠いてるよね。

だから僕はカヴァーアレンジに際しては、努めて「真面目に」取り組む(茶化さない)ことを心掛けているし、それについては金銭を頂かないとも決めている(・ω・)勿論、如何にそう努めたところで感じ方は"人それぞれ"だから、理解されない事もあれば「冒涜だ」と受け取られる事もあるだろうけどね。


ついでに言うけど、"マジ"を茶化して笑いをとるって風潮、好きじゃあないんだよね。こと近年のテレビってそんな感じ(・ω・)「イジリ」とか言ってね。その場を席巻してる人々の落とし処が「笑い」そこに帰結すべき立場の人達だから仕方の無い潮流なのかもだけれど。かと思えば「泣ける〜」って(・ω・)もうその0か100の二択ってかんじ、テレビが躁鬱化してるみたい。ちょいとウンザリなんだよね。

★ちなみにこれは「ニコニコ動画を利用しなかった理由」である。ごく初期はまだしも、低年齢化始まってからはもう、そういう危うさを酷く感じたんだよね。もちろん「性に合わない(領域が違う)」って直感もあったけど(笑)なお、当時「性に(肌に)合う」と感じていたYouTubeも"今は昔"である(お察し)


閑話休題。

ここで漸くこれである、レス番 >>27 をご覧いただきたい。
【「森のくまさん」パロディ曲、作詞家が著作権侵害を主張 芸人のパーマ大佐らに300万円請求】

つまり本件『コバンザメ同士の図々しくも矮小な争い』という可能性(・ω・)それはまるで近年のユーチューバーを筆頭とした跳梁その映し絵の様だ(これを言いたかった)

冒頭から滔々と権利者保護養護の立場で綴ったのは、敢えてのこの為だ(・ω・)不当を糾弾するには先ず己が正当性を示さなくてはならない。というわけで、この自称権利者もまた相当に胡散臭いわけだ。それこそ作者不在(不詳)であれば「何とでも言える」というわけだ"替え歌"よろしく。

(ちなみに。あまり知られていない様だけれど例の『○の風』実はあれもまたかなり胡散臭いんだよね(・ω・)知りたければ勝手にググッてほしい)


著作権の脆弱性というか、そこにワラワラとタカる輩の存在。これ、こうした個人間(と敢えて言う)レベルだけで起きてるわけじゃなくて、企業を騙る次元の輩も存在するからね、気をつけたほうがいい。たとえばYouTubeでカヴァー動画を上げる→権利者を名乗る者(社)が収益の分配を要求してくる(※この段階では収益の有無(設定の可否)は関係無い)→ホイホイと了承すると全くなんの労も払ってない輩に分配金が…というシステム(・ω・)だから相手をよく調べたほうがいいよ。

ていうか、そういうのを承諾/野放してる運営が先ず問題なのだが(笑)まあ最近は努力したのか減ったみたいだね、あんまり見なくなった。一時期凄く多かったからね、架空の権利団体、一度なんか僕のオリジナルに対して権利主張してきたアホもいたからな(笑)YouTubeに上がってるのはコピー/カヴァーばかりとでも思っていたのか、はたまた無差別絨毯爆撃していたのかは知らないけれど(・ω・)まあさすがに一蹴でしたわ。

なお、転売屋ならぬ転載屋(・ω・)これまたコバンザメの典型だね、まあコバンザメはお掃除屋さんて側面もあるからありがたかったりもするけれど、アイツらは何のありがたみも無い(笑)いわく「広めてやってる」とか言うけれど、だったら元のリンク貼るなりすればいいことであって(以下略)


とまあこういうこと言ってると「そんな気にせずとも」と思う向きもあるだろう、こと物作り的な事に拘っていなければ。でも例えば、あなたの発言がRTやらじゃなくコピぺ(所謂パクツイ)され、あまつさえ余所で大反響呼んでたりしたらどうだろう。そう想うと少しは御理解頂けるのではないか。何か作品を発表→それをパクられたってまでの経験をした人はそう多くないかもだけど、パクツイで嫌な思いをしたってな人はそれなり居ると思うんだよね(・ω・)「手柄を盗まれた」じゃあ無いけれど、まあそんなカンジ。

どっかで拾った"受け売り"を、さも自分のオリジナル発言かの如く披露して、それが大量にイイネされてたりって光景、たぶん日常茶飯事だと思う(笑)で、それはツイッターに限った事じゃあ無い、そういう現状。何しろ他人に対する敬意が無いんだろうね、"自分さえよければいい"の。

この風潮、誰でも『数字』を得られる可能性と共に加速度的に増した様に思う。それはたとえば人数だったり金銭だったり色々だけれど、それありき・それが為に行動するってのは、美しくは無いよな。可能性それ自体は、悪い事じゃあ無いんだけどね(・ω・)結果、跳梁跋扈に成り果てるってのは、何とも。

「正直者が馬鹿を見る」とは、よく言ったものである。まあおよそ欲は欲をかかなきゃ充たせない、例えばお金にしたって求めるからこそ懐に呼び込めるものであって、そういう意味では彼らは自分に正直なのだろうけど(笑)僕は好きには成れないし、成りたくないなあ(これが貧乏性というやつか)向上心と上昇志向を履き違えたくは無いよね(・ω・)一芸と一発芸を混同しない程度には


今の。人によっては「特定の誰かを暗示している」とか思われそうだから言っておくけど、ピコ太郎のことじゃないよ(笑)や、だってあの人は"オリジナル"じゃんか。面白いかはまた別にして、その一点だけでもう一定の敬意を持ってるよ。

この際だから記しておこう。僕がPPAPを見た時の感想は「あーなるほど外国(こと英語圏)の人には面白いかもね」だった。ゆえに(英語力平均激低の)日本で面白さってわかるのかな?とも思った、ていうかぶっちゃけ「本当に面白いと思ってるのかな?」と、いまだ懐疑的だ←

で、個人的には、その後に見たグラサンのやつ(トントンてやつ)のほうが単純に、悪い意味でなく「くだらねーwww」って可笑しかった(・ω・)平均的日本人にはこっちのほうが"向いてる"んじゃないか?とも。

権威が「良い」と言えばそれに倣うのが日本の悪い癖だからな(意味深)

とまあそんなかんじ。穿ったこと言うなら、「変に方向性揺らがない様に活動続けてほしい」と思う。あれだけ大きくなっちゃうと、様々な"狭間"で迷いも生じそうだからね。初心忘るべからず、妙な色気に惑わされること無く、元通り、ただやりたいことをやっていただきたい。

ついでに。

しかし、彼を起用してるCM群(企業)はアホなのかと思う。一様にPPAPのそれこそ「替え歌」だから、かえってどこのCMだったかそれぞれ印象に残らない事態になってる(笑)時の人を利用するなら好きにやらせてみるのも才覚だと思うがな(・ω・)もう皆顔は知ってんだし。もっと言えば、そういう使い方するから『一発屋』にもしちゃうんだよ、これはもう毎度そうで、"流行ってる"ネタばっかり、それこそ一発芸かの如くやらせて「それしか無い」ような印象を与えてしまう、悪い癖。まるで使い捨て前提じゃないか。


ところで『YouTuber』って一体なんなんですかね?てのは先日の電鋸男の「YouTuberナメとったらアカンぞコラ!」(笑)という迷言に思ったこと。例えば演劇音楽絵画etcなら方向性違ったり相容れなかったりしつつも確固たる其れが在るわけじゃないですか「旗印」として。 でも『YouTuber』ってのは、なんなんですかね?何/何処を目指してるんだろうっていうね(・ω・)自己表現?再生数?お金?チヤホヤされること?人を楽しませること?多岐に渡り過ぎっていうか漠然としててイマイチ見えないんですよね、旗印が。

ほんとあの発言は恥ずかしい、聞かされてるこっちが赤面するレベル。

かく言う僕、もう10年近く前にYouTuber(s)って形容を勝手に用いてたけど、それはもう単純に「YouTube愛好・愛用者」って意味だった。それが今や"運営発"でとんでもないことになっちゃって(笑)だから、ここに改めて言っておく、誤解されたくないから←




2017年01月08日

余興




想像以上に潰れた(笑)ので、貼っておきます
※:8小節最後のE音(1弦12F)はG#音(同16F)に改訂

2017年01月02日

何合戦をしてるんだ








−年は明けて−

トレンド上の「謎の演出」←これだけで「ああ紅白のことかな」と直感した。無節操なまでの他力本願流行全部入り(近年毎度の被災関連含む)"にした結果、散漫というか何を"謳い"たいのかよくわからない仕上がりだったな。歌が本旨じゃあ無いのか。

近年、歌/音楽そのものに付加する"小芝居"に比重を置き過ぎなんだよな、まあ紅白に限った話じゃあ無いけれど。音楽自体が持つ力から外れた背景とか後付けとか、とにかく共感商法じみた『エピソード』の過多。そんなことばかりしてるから益々音楽離れするんだよ(・ω・)純粋に音には触れてない。

それが証拠に(?)近頃の子って歌を評価する際「いい曲」じゃあなくて「歌詞がいい」ばっか言うしね(・ω・)売る側も『等身大の歌詞が共感を呼んでいる』とかそんなことばかり売り文句にしてる。歌曲の場合勿論歌詞も重要な要素だけれど、音楽の真実は、言葉では無く(言葉を超える)音そのものだ。

まあ、そんなんで「音楽に国境は無い」だとかカッコいいこと吹かすから失笑である(・ω・)歌詞(意味のわかる言葉)が無いと聴けない(聴かない)音楽通、という謎存在、更にそれに加え「支度されたドラマ」が付属しないと響かないってのは、もう音楽鑑賞からは外れてるように思う。

ふと気づけば肝心要の音そして演者の姿よりも歌詞テロップのほう追ってる(そして自分を重ねて酔ってる)なんて人もいそうな悪寒を覚える。例えるなら、目の前にある絵画をつぶさに観察するよりも、その傍らに用意された説明文のほうを注視しているような<★>。

ついでに言うなら、説明なんてのは「誰かの主観」だしね、たとえ作者自身によるものであっても。鑑賞は(自分の)直感的であるべき。


蛇足と言えば蛇足だが。

『ツァラトゥストラかく語りき』という有名な曲があるよね(・ω・)でもあれ、僕はちっとも面白い曲とは感じない。もちろん嗜好には幅があるけどね?これは、「そのいかにも高尚な感じがする題名に釣られてはいないだろうか?」ということ。そういうたとえ話。

ついでに言うと。

佐村河内、あの一件。『聾の作曲家』という看板いわば「ドラマチック」が無かったなら、はたしてそこまで評価された(した)だろうか?っていうね(・ω・)少なくとも、ウソだと知れた途端に手のひら返した様な人は、その実音楽なんか聴いてはいなかったってことだと僕は思うよ。

さておき。司会はプロに任せたほうがいいんじゃないかなもう。

ちなみに。タモリとマツコのあれ、個人的には嫌いじゃあないよ(・ω・)あの番組の中に挟むのは「必要か?」と、甚だ疑問だけど(笑)





<★>まあこれ伊福部先生からのウケウリみたいなもんだけれど(『音楽入門』読んだことある人なら多分わかるよね)、本当そう(歪んでいるなあと)思うよ(・ω・)なお、ツァラトゥストラについては奇遇、まさに「我が意を得たり」の感だったな。




無能の人

【女Youtuberの忘年会、女の嫌なところがモロに出て炎上】

さておき。近年運営から「回る動画勉強会の誘い」みたいなの届くが、この特売チラシじみた下品なフォント使い大嫌い、進んでこうは成りたくないわ(笑)

『無芸大食』博覧会かな?
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でも、こういう(そういう)のが一般的には好まれウケるって証左ってことだよなあ(・ω・)と想うと、「世の中の8割はセンス無い人間、それを騙くらかして食ってるのが我々」という某元大物芸人の発言は真を突いてたなあと。

まあ、面白いとは露ほども思っておらず、言わば批判し貶す為にそこへと赴いてる向きも中には在ろうが(・ω・)それも結果としては、あちらの思う壷、敵に塩を送る行為なんだよなあ(だから僕は勿論(件の動画も)見ていない)。




この現状というのが日本の、つまるところ大方の『芸能・芸術』に対する意識の程度平均その表れってことだと思う(・ω・)ま、こんなもんやろな←

分母が大きくなると(単純に言えば「人が増えると」)、図抜けたものよりも自分でも何とか出来そう追いつけそうなものを讃え奉る傾向が加速するのは世の常か(・ω・)たとえば、それこそ女子が不美人を「カワイイ」と担ぎ上げ、自身の地位向上をはかるが如しである(辛辣)

寿司屋でシャリ残すのは無論バカだが、これもこれで「たいがいにせえよ」と思うわ(・ω・)

先日「若い女子の間で串揚げ食べ放題が流行中」とかTVでやってて(テレビの言うことだからどこまで真実かは知らんが)ダイエットとぬかして食べもの粗末にするアホより全然いいと思うと同時に「それ自体が目的にならなきゃいいけどな」という悪寒がよぎった。ネットで数字自慢するためとかさ。

まあ、例えば大食、例えば容姿、それらは言わば天稟で、それもまた一種の才能と言えなくはないけれども(・ω・)鳥が飛ぶのは当たり前なのでね。天賦に胡座かいてる人には何の魅力も感じないわ、 飛べない鳥が飛んだら「凄いな」と思うけどね。芸ってそういうもんだろ。 #たとえ話(なお。これを「じゃあ不細工は整形すれば凄いってこと?」などと思う程度にバカな人もいる(推測アンド皮肉)

それは、敢えて言うけど、努力の向きがおかしい罠。

ついでに言うと、「努力カッコ悪い」ってのは天才気取りな凡人、それ以下の逃げだ(・ω・)「これくらいやろうと思えばすぐ出来る」っていう、"すっぱいぶどう"だ。

「〜てみた」とかいうよくできた保険(意味深)

アツくなんなよwww本気じゃないしwww感を醸すのやめろや(・ω・)なあ




2016年12月28日

それらしい ああ久しぶりに それらしい







彼の音って一聴すると強烈にドライブしてる様に思うけど、実はそんなに歪んでなくて意外やナチュラルなんだよね、でないと三和音(以上)がああは鳴らない←そのギリギリのセンてのが、ひとつの指針なわけです(・ω・)わかりますかね。

更に言うと、ハムなんだけど「ストラト(シングルコイル)っぽい」んだよね、少なくとも旧MUSICMAN以前はホントそう、好い意味で荒々しいの。

まあそんなわけでエディーと、特にBURN〜の頃のリッチー、そして事故以前のインギーのトーンてのは僕の中でHRギターサウンドの黄金律なのよ。

だからなのかどうなのか。近代的な、キーボードか打ち込みかみたいな『整った』音って、嫌いとまでは言わないけれど自分で鳴らしたいと思う音ではないんだよね(・ω・)偶発性信奉ってわけじゃ無いけど、野性的なエモーションを表すには不向きと感じる。

とは言え。最もモノを言う、トーンを決定付ける最大のインプットそしてアウトプットは弾き手自身/その在りようなんだけども。

なお。いわゆる「ナチュラルトーン」系でない、言わば"純然たるハム使い"には好きなのがいないのかというとそんなことはもちろん無い。リンチとかすげえなと思うよ(・ω・)あのオッサンはホンマクッソウマいで…

ちなみに。あのアンプ、5150ってやつ(今名前変わってるんだっけ?)あれ前に借りて使ったとき「いいなコレ」と思ったよ、ストラトとも相性よし(他なんも要らんな)と感じた。

ツヤツヤピヨピヨしたいわばロックマン(ゲームの話でない)とかメサブギサウンドの系譜とでもいうか、そういうのを嫌ってるわけでは無いのよ念のため。面白いなとは思うし聴きもする、ただ自分の音ではないなというだけで。結局マーシャル的ジャリジャリ感が好きなのだろうな(・ω・)ロックを感じる

ああ(´`*)つまるところはヘンドリックスなのだよなあ(愛)

ていうか久しぶりにこういう話したような気がする(笑)サンキュー(・ω・)ジョージ(マイケル)




2016年12月20日

NENMATSU



この曲 "BEYOND HISTORY"は、2003年から2005年にかけBLOWによって演奏された楽曲で、これは当時の内覧デモ音源を短く編集したものです。なお、この曲は、後に疾風船の"JAN" や"GEKIKARA a UBD" へと遺伝子を継ぐこととなりました。

"BEYOND HISTORY" Composed by K. Matsuura a.k.a. HAYATEBUNE (ex.BLOW)


画像も当時の。ツイッター向けにと考えて縮めたんだけど(全長は3分50秒ほどある)せっかくだからYouTubeに上げることにした。年の瀬になると何かしたくなる癖。この縮め方、いわゆる「TV edit ver」ってかんじやね(どこのTVで使うのか)




2016年11月23日

空気を噛め



はい(・ω・)というわけでね(何が?)
懐かしのBTATB、ふと思い立ちセルフリミックス。CD持ってくれてる人は聴き比べてみるのも一興かもしれない。

今回のリミックスの趣旨というのは「リード含む主旋律以外をもっと(あのCDよりも)立たせる方向」だったのです(・ω・)実はけっこう気に入ってて。特に、終幕入る手前(三連符が連続する箇所)のリフは別の形で使いたいと以前から思っていたり。

なお、以前も言ったとおりギターに関してはプレイ重ねたライブ版のほうが自分としては当然のごとく気に入ってる、同じくYouTube上に幾つかあるので聴き比べ等(・ω・)よろしくどうぞ

ちなみに、当時のブログにも確か書いたと思うけど、これ、「ライブ感」を醸したくてパンチインやら一切無しの通しでやったんだよね(ギター各パート)。よって(小さいミスなんかは敢えてスルーするけど)曲構成を間違えると「最初からやり直し」だから凄いめんどくさい(笑)でも今でもよくやる手法。

キメ打ちテーマ以外は殆ど即興、つまりほぼライブ同様(・ω・)なお、ライブではそのテーマすら破壊するマイスタイル←



2016年09月10日

絵日記があるのなら音日記があってもいいじゃない

つっても単なる「ふとした思いつき」で、また特に何かを描いたとかいったわけでも無いから、とりとめのない散文とか、落書きみたいなものだろうか…いや、つぶやきか。

せっかくだからつべにもあげた

題名は思いつき



海外の方から、映画『ブレイブハート』彷彿とコメントを頂いたのだけど、僕あの映画未見なんだよね…ということで、つべで探して聴いてみたところ…似てるどころか出だしまるまる相似で驚いた!こんな事もあるんだな(驚愕)という話。


まあ音楽やってれば偶然の相似ってのはあることだけれど、ここまで「ひとくだり同じ」ってのは初めてだ(追記。想えば二度目かもしれない)。なお、イヤな気はせずなんだか笑ってしまう(笑)

誓っていうけど無意識だ(・ω・)ただ、いつかどこかで聴いたことあるものが(無意識ゆえに)発露するって可能性はあるやも?とは思う

ちなみに昨夜上げたもう一本、あの曲は意識的にウリ・ロートを標榜している(献呈予定)

また、以前『ブレイブハート』と冠したカヴァー曲を上げたこともあったが、もちろん(未見ゆえ)同名映画を意識してはいない(・ω・)単純に「勇ましい心」やね


この機会に。

はじめて"パイカリ"を聴いた際、まあ一発で気に入ったわけだが、部分的にこれを彷彿したものだった、これまた普遍性を感じる好曲(なお、和製ファンタジーRPGなど好きな人の琴線に触れる可能性高いんじゃあないかなとおもう)

ちなみに僕の敬愛するマイク・オールドフィールドがカヴァーしてもいる。


(以上、ツイッターから)



さて、今回のきっかけ。

制作環境(PC)に不具合発生→修復作業の中、適当なファイルを開く→偶々、或る曲を開く

その「或る曲」、最近になり、また幾度か”完成要望”を海外の方々からいただいていたので、この際(彼らのために)チラ見せ(聴かせ?)しようと、本当に仮初めの状態だけど「(此方も)忘れてないよ」の証として。

で、その流れで(言わばノリで)ササッと書いたのが、さっきの「峠道」というわけです。





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