2013年10月13日

面白いじゃないか、安堂ロイド。

半沢の後番組ってことで、もう始まる前から「爆死確定www」とドヤってる向きがあるけど、そりゃ安い。

半沢が「異常」と言える数字を残した以上、そこで後続を「それ以下だろう」なんてのは予想にすらなってない(ぶっちゃけ「子供でも想像がつく」)し、なにより常日頃「数字より内容」とか言っていながら、怪物的数字を味方につけて、見るまでもなく揚げ足とりって、カッコ悪いだろ。まるで権威主義じゃん。

さらには、そこに「キムタク」ってフィルタも重なって…もう『色眼鏡』でしか見られない人っているんだろうな。

あと、SF要素というかオタ要素強いモノをやると(畑違い的な枠でそれをやると)、そのスジのうるさ型(自称"玄人")が微に入り細を穿つというか重箱の隅をつつき始めるけど、「もうちょっと肩の力抜いて見てみればいいのに」と思う。

まあ近年の、愛の無い二次元実写化やらで拒否反応増してるのは分かるけど…実写化作品の中にも良作はあったし(たとえば亀梨ベム)、少なくとも今回、既存作品の実写化ではないんだから尚更、色眼鏡を外して見てみてもいいんじゃないかと思う。

ところで…引き出しから出てくるのはドラえもんオマージュだと誰もが気づくだろうけど、「アスラシステム」と聞いてアバタールチューナー彷彿した人の数、いかほどだろうか?…とまあ、そういうのですぐ「パクリ」と鬼の首取ったように謳う人もいるけど、俺は「もしや」とワクワクしてしまうほうなんだ。

閑話休題。

まだ始まったばかりだけど、少なくとも、あの時間帯にあのキャストでああいうモノをやるってのは「意欲的」と買うべきところだと思うがなあ、言わばテレ東深夜枠のノリだぞ、あれ(勿論、好意的な意味で

あまりに排他的で閉塞的な思考は、自分達自身の『好きな世界』をも縮小させてしまいかねないんだぜ?この流れを全否定するってのは、たとえば「アメリカはいいよなあ、ヒーローものやロボットものに全力で投資する人達も、それを受け入れるオーディエンスもいて」なんて考え(憧憬)を自己否定するようなもんだと思う。

常々「もっと冒険しろよ」とか言っといて、いざ野心的なのが始まったら「こんなんウケるはずがない」みたく揚げ足とるばかりって、セコ過ぎんだろ。それもこれも『色眼鏡』か。

この野心、俺は買うぜ(・ω・)今後の展開に期待しておくわ、もちろん「期待を裏切られた」と感じたら、その時はそれなりの評価をする。はじめから色眼鏡をかけたりはしない…あ、ひょっとしてメガネがキーアイテムになってるのは、そういうことか?などと穿ってみる←


【追記】

ツイッターを俯瞰してみたところ…

『フツー』のドラマが好きそうな層からは案の定「よくわかんない」的な声が…てことはつまり、製作が『フツーじゃない』を狙っているなら、目論みどおりか?ま、なにしろ色眼鏡は双方ともに持ってるということですな(笑

ミーハー層からもマニアック層からも敬遠されかねないリスクを承知で創ってるなら大した気概だと思う(・ω・)やるじゃんテレビって思う(そう考えると、キムタククラスの看板なしじゃ乗り出せないよな(スポンサー的に)とも)。

なにしろ、食わず嫌いってもったいないよ(損してるよ)と思う。

このごろのネットって『ネット上の世論』に流される人増えたよな。自分自身の耳目で確かめ自分自身の感性で判断することだけが、自分にとって唯一の真実だと思うんだが。

一見尖っているようで、その実、右へ倣えで群れ落ち着いてきてる感じがするよ。人が/反応が、ただの定型/記号化してきてる。たとえば、なにかあれば「www」ってとにかく草生やすのとかもね、「とりあえず『いいね』押しとこう」みたいな村社会的同調(協調ではない)というか恭順とも、大して変わらないと感じる。


そして、つづくのだった。


なお、直近の関連記事(俺の中で)を、まとめておく。
『それこそ萌芽を手折る行為で危機かも』

『曇った眼じゃ純粋な評価なんて出来ないでしょ』

『かつての子供たちは文句を言うしか能がない大人になってしまったのか』