2013年10月15日

クローン戦争の末路

【小室哲哉 「助けて! JPOPはヒット曲の概念が崩壊した! どうやってヒット曲作ればいいの?」】

90年代、まさに小室ブーム以降、ポップソングの殆どが『なんでもかんでもとにかく四つ打ち』みたくなってしまった。その『共通点』、言わば『多様性の崩壊』を作り上げてしまったという功罪は、他ならぬTKにあると思う。文字通り「良くも悪くも」だ。

もちろん彼自身は、自分の音楽スタイルを貫いただけで、そんなつもりは無いと思うけどね。つまり、「大人気だった小室スタイルを真似、いまだそれを引きずり続けてるのが現状の大衆音楽の多く」ってことだ。それはもう、空前の好景気を知る人たちがバブルの夢にしがみついてる姿と、かぶって見えなくもない。

ちょっと乱暴な言い方だけど、四つ打ちって、アレンジ的には一番楽な仕事なんだよね。メタルでたとえるとツーバスドコドコ、やっぱり仕事的には楽(ただし「演奏的に」とは必ずしもイコールしない、念のため)。

四つ打ちならではのグルーヴってのは勿論ある(ツーバスもね)し、俺も嫌いじゃないけど…なんでもかんでもそれってのはね、そりゃ飽きるって、「何を聴いてもエイベックスみたい」じゃさ。

音楽の三大要素=律動・旋律・和声だけど、近年『律動』が軽視されてると感じる、「作り手が軽視してる」と言うべきか。

いま、『隙間』から生じるグルーヴってのが、ほぼ絶滅種なんだよ、大衆音楽の畑では。もっと手間暇をかければ出来るはずなんだよ、「また四つ打ちか」じゃない、楽曲固有のグルーヴ。業界の偉いさん方は、売れないと嘆くより、人真似(小室真似)で楽をしてきたツケだと先ず自戒したほうがいいと思う。小室スタイルは本家に任せて、今一度多種多様性を模索するべきじゃないか?「なんでもアリな歌謡曲」ならばこそ、特定スタイルに固着したインダストリアルな思考をリセットして。

なお近年、ひたすら情報量だけを「かさ増し」したようなのも多過ぎる。若い耳はおおよそ、それを好む傾向があるけど、肥えた耳には「疲れる」だけだろう(すると必然、聴く側が細分化していく)、誰もがラーメン二郎を好むわけじゃない(笑

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