2014年11月06日

特異点



上掲について俺なりに考えてみたい、需要なんて関係ない(・ω・)ただ俺が考えたいから考える、それだけだ(ここで蝶野氏ハナをすする)

実のところ年齢は、思っているほど関係無いかもしれん(・ω・)それが直結するなら、いま、礎そのものが存在してないはずだから(笑)ことはある意味もっと単純で、つまり"そういうの"に馴染みがない人にとっては荒唐無稽であり情報の洪水であり「わけがわからん」という認識になるということ。

また、とくに説明も解説も必要としないシチュエーション(たとえば男女がくっついたり離れたりする話、たとえば毎回刑事が犯人を捕まえる話)にドップリ慣れきった人にとっては『回を重ねるごと徐々に明かされる謎』も、快感ではなく苦痛なのかもしれん(・ω・)や、わりとマジメなハナシ。

年齢よりも、嗜好の偏り(※)によって『テンポは早い方がいい(でないと飽きる)がハイスピード(な情報量)にはついていけない』←こういう風に育ってるところがある様に感じる。

※但し"偏り"が生じる原因は食事を提供する側にもある(意味深)

まあ、ひとことで言うと「せっかち」になってるんだろうということ(・ω・)世の中なにかとね。

昔のドラマって半年とか一年スパンもザラだったもんね、付き合い長かった(子供にしてみたら一つの歴史レベルじゃなかろうか)。手近な娯楽が多種多様になってきたのに従いテンポが合わなくなってったのかな?だからいまサイクルは速いよね、サイクルはね。

その短いサイクルの中で濃厚なモノを語り完結させようとすれば、当然ハイスピード(情報密度高)になるよね。で、ここで"ふるい"がかかっちゃうんだな、鑑賞の立場としてどちらが優秀かだとか、そういうことじゃなくて。

そういう面で、たとえばマンガ好きなんかは辛抱強いというか付き合いがいい、もちろん好い意味で。年に一冊出るか出ないか、ヘタすりゃ作者いや自分自身存命中に完結しないんじゃないかってくらいのペースでも、追っかけるからね(´ω`)いやべつにベルセルクとは言ってないよ←

まあそんなわけで『要はヲタ気質の有無』というところに帰結してしまうのだが(笑)創る側にしたら、それだけじゃ困るというか、より多くに観てほしい(伝えたい)ってのは当然だと想うし。難しいだろうなあ、その匙加減。

で、安堂ロイド第一話ってのは俺にしてみたら「よくぞ今のテレビで、このキャストこの時間帯で、ここまで突き抜けてくれた!」って感想になり視聴続行となった=ふるいにかかったわけなんだけど(´ω`)いけませんか?←

ふるいにかかった(残った)ほうを雑味とは思わないでほしい(・ω・)いやむしろ誇ってほしい(笑)

蛇足。近年は、それもまたある種の多様性を見せてるけど(・ω・)本来のヲタ(気質)というのはつまり『執着(愛着)心』じゃあないかなと思う。周りの評判やら流行り廃りやらどこ吹く風で「ずっと好き」でいられるという逞しさ。

たとえばライトオタクは3ヶ月ごとに嫁が変わります←


これなんとなく、つづく