2015年03月06日

みんな日の出入りばかり注目するんだと拗ねて欠けた月がどこからきてどこへ消えるのか確かめてあげようとしたら誰も直視してくれないんだ月が羨ましいと太陽が拗ねた

思うに『意識高い系』って要は『スノッブ』ってやつだよな(・ω・)本来目的のための手段であるところ、手段それ自体が目的化してるみたいな。

たとえば、美味い珈琲を飲みたいからそこへと赴くのではなく、そこへ赴いた関わったという事実それ自体、そんな自分がウマい。そんなカンジ。まあ、どこで茶を飲もうと何れ自己満足だから一向にかまわんのだけど、それを特段得意気に語りひけらかすからハナにつく→揶揄されるんだろう。

してみると、いま言われてる「意識高い」ってのはつまり人目を気にする意識が高いってことかなと。その意識にも二通りあって、ひとつは、みっともない姿は見せたくないという羞恥心。もうひとつは、自分を飾り大きく見せたいという虚栄心。前者は黙して語られず、後者はここぞと語られる。その違いか。

そう考えるとこんな仮説にも至る。いわゆるDQNと揶揄されるタイプは反社会的行為でもって自分を大きく見せようとしがち、それをSNSにも書く(自慢する)。一方、意識高い系は言わば"伴/範社会的"行動でもって、それを行う。一見相反する様でいて、実は根底のメンタリティは同じ。 #承認欲求

で、前者はおよそ明確に悪事なので真正面から糾弾もされる、糾弾することが正しいって空気にもなる。けど、後者はべつに悪いことしてるわけじゃないから正面切って責めるわけにいかない、っていうかそもそも責められる謂われもない(笑)でも「鼻持ちならない」から、ひと括りで揶揄されるって構造。