2015年06月07日

『お手軽お気軽簡単に』

【ゲームクリエイタ「面白いゲームなどどうでもいい」】

それで行くと。ゲームの存在、その主流(客層)を表現するならば…昔、SMクラブ(被虐の悦び)今、キャバクラ(優越感)ってカンジでしょうか。

>>51
まず(過去に幾つか試したが)「つまらない」これは筆頭に挙がるわな、極論ボタン一個ポチポチしてるだけだからな。そして「金さえ払えば強くなる(なれたような気がする)」これに抱く嫌悪感はデカい、1の画像のメーカー社員と真っ向相反する理念。つまり「そんなものはゲームでは無い、認められない認めない」というわけだ。※中にはそこそこ遊べるもの凝ったものもあると認めた上で、敢えて。

これは、ある意味実体験に基づく喩え話だが。本物のギタリストにしてみたら、ギター筐体を使用する音ゲーで満足出来るわけがないし、それで本当にギターも上手く出来るんじゃないか(なったんじゃないか)みたいな錯覚されても困る…みたいな感覚だ。

まあ、そこで「まったく別物」と割り切ればいい(実際別物だ)し、嫌なら関わらなければいいだけのことなんだけど。最早メーカーがこぞってそれに(楽に儲かるので)注力してるからな、"他の選択肢"自体が失われつつある。それはまた言ってみれば、古くからの馴染みの客を切り捨てて"子ども騙し"に精を出してる状態とも映るわけだ。

「時代の移ろい」などと言ってしまえばそれまでだが。商売として一般化、より一層の大衆化するには、ゲームも結局「レベルを下げること(低い方に基準を合わせること)」が肝要であったという事実。それを選択した業界に対して「情けないやら悔しいやら」って想いもある。

もうひとつ喩えるなら。「みんな一番」とかいう気持ちの悪い平等精神とやらにアイデンティティを奪われた運動会のヒーロー…とかね。

こと、思い入れが稀薄な人にとっては、それこそ「たかがゲーム」かもしれないが(きっとそうだろう、だから疑念を持たない)。それなりの努力もしてきた人にとっては『経験を必要としない強さ』なんて認められるもんではないだろう。それは、何事においてもそうだと思う。

『お手軽お気軽簡単に』

ゲームに限らず近年あらゆる方面でそういう傾向というか風潮、価値観が感じられるな。誰でも(自分でも)なんとかなりそうなものを、ありがたがったり、憧れたり。俺が想うにこの世相、ゲームっぽく喩えるならば、まさに『エナジードレインの応酬した結果』だね(皮肉)

なお、個人的に。単調さとか課金とかそれ以前にソーシャル←これがもうダメだったな。昔ミクシィでちょいちょい『招待』来てたけど全部蹴ってた。「友だちを誘えばポイントプレゼント」ってまるでどこぞの会員集めの勧誘じみたムード、友だちを養分にするってそのカンジがもう受け付けなかった、それは純粋な対戦や共闘で得る養分(経験値)とは全然違う。

かく言う俺も、ここ10数年で随分と「ヌルくなった」と自覚していた、いつの間にかそうなっていた、エナジードレインかけられてたんだな。というわけで最近は2000年代初頭あたりまでのレゲーばかり遊んでいる、鍛え直している。直近だと、リメイクバイオHD買って…「三時間クリアなんてもうムリ」なんて思ったが(・ω・)出来た!リアサバもインビジブルもクリアした!なんだ、まだまだやれば出来るじゃん。 #蘇ってきた