2015年07月31日

ホンモノよりホンモノっぽくてもフェイクはフェイク

【悲報】浜崎あゆみ「麿我との事は人生最大の汚点

前々から思ってたことなのですが…Madonnaに成りたくてしょうがないんやろなあ公私共に…ってカンジかな(``)なんぼ好きでもマネゴトに終始しとったら『誰でもない自分』つまりオリジナル(ホンモノ)には永遠に成れんのやで…なお、頑張ってるとこ申し訳ないがこの一連の画像はアカンわ卑怯やわ >>13 #声上げてわろた

以上はGoogle+から。丁度よいので、前回と紐づけて以下、書き下ろし。

『モノマネ芸』を究めたいのならそれもあり。でもそれでは少なくとも"ミュージシャン"(或いは"アーティスト"か)とは呼べない、呼びたくないなあ(★)

どんなにソックリでも、たとえホンモノ以上にホンモノっぽくても、フェイクはフェイクに過ぎない。そしてそれは「絶対に超えられない壁」を自ら粛々と構築しつづけてるようなもんやで(・ω・)また、本当に「尊敬してる」なら、それはかえって失礼というもの。

まあ、趣味の範疇としては別にアリだろとも思うけどね?ただ、だとしてもそれで金を取るのは「どんだけ厚顔無恥なのか」と思う、理解不能(だから尚更「呼びたくない」)。あまつさえ、それで「プロ」ってのはもう俺の中では軽蔑の対象とさえ成る。

具体例。かつて、あの光速の豚(仮名)氏も、その出で立ちや挙動が「ブラックモア過ぎる」と失笑を買ったりしてた。が、本質的なところでのオリジナリティが圧倒的だったから、"明らかな影響・感化"も含め「些末なこと」となったし「若気の至り」と生暖かく看過もされたんやで(なお、徐々にその面でも独自的に成っていった)

出で立ちや挙動のみならずやってることも明らか光速の豚(仮名)氏のそれやんけって人いまだ多いけど、そんなんで仮にもプロを名乗って恥ずかしくないのかな?って思う(・ω・)或いは、割り切った"職業"いやさ"金儲け"でしかないのかな?とも。まあ、体型までをもマネしてると「気合いの入ったモノマネ芸だなあ」と思えなくもないけど(そこはマネなのか?)

その誰か以上に自分を好きに成れる人だけが"突破"出来る、そう思う、いや「そう願う」かな?まあ少なくとも、俺はそういう人が好きだし、自身そう在りたい。

誰かに似てると言われて喜ぶ/それに積極的に寄せていくのなんて中学生までやろ(´・ω・`)自分は他でもない自分でないとイヤやわ。


★もののついでに、こんな話題も。