2015年08月19日

井の中の 蛙育成 ガラパゴス

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同じ人間の考える事、「偶然の相似」ってものは起こり得る。でも、相似が一点(一個人)に集中して幾つも幾つも表れたら、それはもう偶然とはちょっと考え難いし、エレメントとかインスパイアとかいう創作側にとって都合のいい解釈でもって看過されるものでもない(誰にでも其れだと分からない限りは)

そろそろ『剽窃』を意味する言葉として「佐野る」とか使われてそうだな、「矢口る」より語呂もいいし←

リスペクトが感じられないインスパイアは少なくとも一般的心証としてプレイジャリズムに他なりませんよ(・ω・)

ぶっちゃけ日本は音楽方面でも少なくないんだよねこういうの、あまり一般的に知られてない→だからバレないだろう的な仕事してる人。「○○の影響」と言った旨を明言する人は少なく、まるで完全独創かの如く振る舞う。まあ、本人は明言したいのかもしれないけどね、戦略的都合とかね(意味深)

特に90年代以降はそういう傾向。音楽的ルーツを語らない(語らせない)ことで自らを大きく見せようとする戦略だろうか。その結果、ファンもルーツを辿ろうとはしない=それ以上の広がりを見せない(・ω・)これ、音楽市場の縮小と無関係じゃない気がするんだよね。

ついでに言うと、音楽そのものとは無関係な要素、たとえば「感動〜」とか「共感〜」とか出来る嘘かまことかも怪しげなプロフィールやエピソード等を過剰付与もするよね(・ω・)ここ十年くらいはことに過剰、もう(音楽と)どっちが本体なのかわからないレベルで。

話が逸れたけど。ことに、洋楽が見る影もなく売れなくなったのは間違い無くその影響、「若い人がルーツを辿らなくなった」からだと思うよ(・ω・)およそポピュラーのルーツを辿れば自然と洋楽方面にも触れることになるはずだからね(※これ別に含みは無い)。つまり自分で自分の首絞めたのよ業界は。

以上、音楽になぞらえましたが。つまりは此度の件も、同様な構造がもたらしたもの、だと思うんですよ。閉鎖/閉塞的な業界の指向や慣習がね。

「ついでに言うと」のついでに言うと。それは"歌詞偏重"の風潮に拍車もかけたんじゃないかな。結果、そりゃますます洋楽離れも起きたろうし、インストルメンタルなんて更に…まあ「感動的」エピソードくっついてる時ばかりは、その限りにあらずだけどね、サムラゴーチとかね。