2015年11月10日

ここぞと便乗しクダをまく




うむ、それをもう一歩押し進めて言わせていただくと、歌(声)が無いからとか歌詞がわからない(言語的に)から"聴かない"という選択理由が解らんよね(・ω・)それらって音楽的には言わば二次的付加要素だから、すると純粋に「音楽が好き(音を聴いている)」かは疑わしい。

誤解の無い様念のため付け加えておくと、それは勿論「歌曲」という素晴らしい一表現手法である、数多ある音楽表現のうちの"ひとつ"。そう(・ω・)たったひとつに閉じこもっているのは惜しいと言いたいのだわたしは、歌詞偏重の聴き方然り。

諸兄はお気づきだろうか?近年、こと若年層においては「歌詞がいいよね」といった具合の感想ばかりが際立っていて「ここのメロディがいいよね」だとか「この音色がいいよね」といった"純・音楽的"感想を見かけることは極めて少ないという事実を。もはや音を聴いているのかポエムを嗜んでいるのか←

音楽を讃えるべき(讃えられるべき)形容は本来「いい曲」であって「いい歌詞」では無い、少なくとも、そこだけを取り出して評価すべきものではない、「も」ならまだしも(・ω・)それではまるで、絵を見て「この額縁いいね」と言ってるようなものだ(抽象的表現)

シールだけ取ってチョコが捨てられるような事態は本当にそれこそ本末転倒ビックリマンだよ、こと音楽に限らず、芸術芸事は食玩になってはいかんのだよ、どっちが本体かもうわからなくなってはダメなのだよ、まあ今時の食玩は開き直ってていっそ潔ぎよいけれど(笑)