2016年03月11日

好きって気持ちに言い訳が要るのか?(僕はキメ顔でそう言った)

(ツイッターにて)

なんで自虐ツイートってワードが浮上してるのかと思ったら…そういうことか。絵の方面には明るく無いけれど、何しろ、ものづくりの立場なら積極的にするもんじゃあないとは思う、個人的には。好きな事してるんだから堂々とすればいい、謙遜というより予防線、批判された場合の保険みたく映るからね。

「そんなことないよー」待ちの自称ブスにも似たみっともなさと言えなくもない。

それに、たとえ本心(自信の無さ)からの言葉でも、気に入ってくれた人に対し失礼だ、「こんなものがいいってあなたの感性もどうかしてる」と言う様なものだからね(笑)「だったらやめろ」とも言われかねない。

ちなみに僕、絵描きさんが「落書き」っていうの、あんまり好きじゃない。素人目にキッチリしてても本職的には落書きくらいの気軽さなのかもしれないけど、なんだかね、やっぱり予防線ぽく感じてしまう(・ω・)ましてや対象が他人様のキャラだったりすると「失礼なこと言ってないかそれ」と思ったり。

で、こちらの領域のことになるけれど。

だからだよ、他人様のモノマネしておいて「弾いてみた」って、その文言にイラっとするのはさ(``)敬意が感じられない、引っかかるための共通言語でやむなくだとしても、そうする姿勢がやはり安っぽい(なので僕はいつもマイナス「てみた」検索している)

「アイツのやってることくらい自分も出来るんだぜ楽勝だぜ」みたいな心根を見せられ聴かされしたってなんにも感じない、「それがどうした」としか思わないし「それであなたは何が出来るのあなた自身はどこに在るの?」と問い詰めたくなる(笑)

なお、創作とは切り離したところでの自虐、自分のネタ化はワリと嫌いじゃない←

じゃあヒトマネを創作と呼べるかというと「違う、模倣だ」となるけれど。それでも、例えばモノマネ芸人さんとかタダの模倣に留まらず工夫してるよね、それこそ"自身をネタ化"もしてるよね(笑)そういう工夫、創意工夫は、次の段階→自分自身に成るために必要だと思う。


といったところで堂々言うけど我ながらカッコいいね、そして愛を感じるねゲキカラブを。