2017年01月19日

???「自分さえよければいいの」

【「森のくまさん」の替え歌 販売中止求める | NHKニュース】

替え歌って子供が勝手にふざけて歌って都市伝説的に廻るレベルに留まるべき物だと僕は考える。原作著作者の着想や意図を著しく損ねる様な改変を商用とするのは好きじゃない。例えば、表現の自由とか言うけれど、それは所詮他人の褌だし、事によると作者の意志尊厳を傷付ける場合があるからね。かつてあった替え歌ブームや、古典にヘンな歌詞つけて用いてるCM(これは今でもよく見かける)なんかも昔から好きでは無い、「そっちに引っ張られてしまう」からね。

更にまた例えば。とある『真面目な動画』が在るとして。そこに面白可笑しなコメントが流れると、それに引っ張られる視聴者が現れる。すると本来の意図(作者の意志)からかけ離れた『お笑い動画』へと変じる事も起こり得るのだ。こう例えるとわかりやすいんじゃないかな現代的には(★)

すると、かのトッカータとフーガだって『チロリーン!鼻から牛乳〜』という認識になるわけである。や、"楽しみ方は人それぞれ"とか言ってもね、もしもバッハが生きてたら決して気分よくは無かったと思うよ(笑)それこそこの作者氏のように「やめてくれ」と訴え出たかもしれない(・ω・)そこが尊厳

そもそもこれの場合、おうかがい立てたまではよかったけれど、許可が下りなかったのに勝手に発売しちゃったんでしょ?そりゃあ論外ってもの、怒って当然だと思うよ。

だから、"人それぞれ"とは、個人レベルに留めておくべき、ということ。原典に敬意を払っていない改変を大々的に広告布告するのは原典に対する侮辱となり得る、ましてや、それで物質的利益を得ようというのは品位を欠いた行為だと僕は思う(・ω・)ついでにこれは礼節をも欠いてるよね。

だから僕はカヴァーアレンジに際しては、努めて「真面目に」取り組む(茶化さない)ことを心掛けているし、それについては金銭を頂かないとも決めている(・ω・)勿論、如何にそう努めたところで感じ方は"人それぞれ"だから、理解されない事もあれば「冒涜だ」と受け取られる事もあるだろうけどね。


ついでに言うけど、"マジ"を茶化して笑いをとるって風潮、好きじゃあないんだよね。こと近年のテレビってそんな感じ(・ω・)「イジリ」とか言ってね。その場を席巻してる人々の落とし処が「笑い」そこに帰結すべき立場の人達だから仕方の無い潮流なのかもだけれど。かと思えば「泣ける〜」って(・ω・)もうその0か100の二択ってかんじ、テレビが躁鬱化してるみたい。ちょいとウンザリなんだよね。

★ちなみにこれは「ニコニコ動画を利用しなかった理由」である。ごく初期はまだしも、低年齢化始まってからはもう、そういう危うさを酷く感じたんだよね。もちろん「性に合わない(領域が違う)」って直感もあったけど(笑)なお、当時「性に(肌に)合う」と感じていたYouTubeも"今は昔"である(お察し)


閑話休題。

ここで漸くこれである、レス番 >>27 をご覧いただきたい。
【「森のくまさん」パロディ曲、作詞家が著作権侵害を主張 芸人のパーマ大佐らに300万円請求】

つまり本件『コバンザメ同士の図々しくも矮小な争い』という可能性(・ω・)それはまるで近年のユーチューバーを筆頭とした跳梁その映し絵の様だ(これを言いたかった)

冒頭から滔々と権利者保護養護の立場で綴ったのは、敢えてのこの為だ(・ω・)不当を糾弾するには先ず己が正当性を示さなくてはならない。というわけで、この自称権利者もまた相当に胡散臭いわけだ。それこそ作者不在(不詳)であれば「何とでも言える」というわけだ"替え歌"よろしく。

(ちなみに。あまり知られていない様だけれど例の『○の風』実はあれもまたかなり胡散臭いんだよね(・ω・)知りたければ勝手にググッてほしい)


著作権の脆弱性というか、そこにワラワラとタカる輩の存在。これ、こうした個人間(と敢えて言う)レベルだけで起きてるわけじゃなくて、企業を騙る次元の輩も存在するからね、気をつけたほうがいい。たとえばYouTubeでカヴァー動画を上げる→権利者を名乗る者(社)が収益の分配を要求してくる(※この段階では収益の有無(設定の可否)は関係無い)→ホイホイと了承すると全くなんの労も払ってない輩に分配金が…というシステム(・ω・)だから相手をよく調べたほうがいいよ。

ていうか、そういうのを承諾/野放してる運営が先ず問題なのだが(笑)まあ最近は努力したのか減ったみたいだね、あんまり見なくなった。一時期凄く多かったからね、架空の権利団体、一度なんか僕のオリジナルに対して権利主張してきたアホもいたからな(笑)YouTubeに上がってるのはコピー/カヴァーばかりとでも思っていたのか、はたまた無差別絨毯爆撃していたのかは知らないけれど(・ω・)まあさすがに一蹴でしたわ。

なお、転売屋ならぬ転載屋(・ω・)これまたコバンザメの典型だね、まあコバンザメはお掃除屋さんて側面もあるからありがたかったりもするけれど、アイツらは何のありがたみも無い(笑)いわく「広めてやってる」とか言うけれど、だったら元のリンク貼るなりすればいいことであって(以下略)


とまあこういうこと言ってると「そんな気にせずとも」と思う向きもあるだろう、こと物作り的な事に拘っていなければ。でも例えば、あなたの発言がRTやらじゃなくコピぺ(所謂パクツイ)され、あまつさえ余所で大反響呼んでたりしたらどうだろう。そう想うと少しは御理解頂けるのではないか。何か作品を発表→それをパクられたってまでの経験をした人はそう多くないかもだけど、パクツイで嫌な思いをしたってな人はそれなり居ると思うんだよね(・ω・)「手柄を盗まれた」じゃあ無いけれど、まあそんなカンジ。

どっかで拾った"受け売り"を、さも自分のオリジナル発言かの如く披露して、それが大量にイイネされてたりって光景、たぶん日常茶飯事だと思う(笑)で、それはツイッターに限った事じゃあ無い、そういう現状。何しろ他人に対する敬意が無いんだろうね、"自分さえよければいい"の。

この風潮、誰でも『数字』を得られる可能性と共に加速度的に増した様に思う。それはたとえば人数だったり金銭だったり色々だけれど、それありき・それが為に行動するってのは、美しくは無いよな。可能性それ自体は、悪い事じゃあ無いんだけどね(・ω・)結果、跳梁跋扈に成り果てるってのは、何とも。

「正直者が馬鹿を見る」とは、よく言ったものである。まあおよそ欲は欲をかかなきゃ充たせない、例えばお金にしたって求めるからこそ懐に呼び込めるものであって、そういう意味では彼らは自分に正直なのだろうけど(笑)僕は好きには成れないし、成りたくないなあ(これが貧乏性というやつか)向上心と上昇志向を履き違えたくは無いよね(・ω・)一芸と一発芸を混同しない程度には


今の。人によっては「特定の誰かを暗示している」とか思われそうだから言っておくけど、ピコ太郎のことじゃないよ(笑)や、だってあの人は"オリジナル"じゃんか。面白いかはまた別にして、その一点だけでもう一定の敬意を持ってるよ。

この際だから記しておこう。僕がPPAPを見た時の感想は「あーなるほど外国(こと英語圏)の人には面白いかもね」だった。ゆえに(英語力平均激低の)日本で面白さってわかるのかな?とも思った、ていうかぶっちゃけ「本当に面白いと思ってるのかな?」と、いまだ懐疑的だ←

で、個人的には、その後に見たグラサンのやつ(トントンてやつ)のほうが単純に、悪い意味でなく「くだらねーwww」って可笑しかった(・ω・)平均的日本人にはこっちのほうが"向いてる"んじゃないか?とも。

権威が「良い」と言えばそれに倣うのが日本の悪い癖だからな(意味深)

とまあそんなかんじ。穿ったこと言うなら、「変に方向性揺らがない様に活動続けてほしい」と思う。あれだけ大きくなっちゃうと、様々な"狭間"で迷いも生じそうだからね。初心忘るべからず、妙な色気に惑わされること無く、元通り、ただやりたいことをやっていただきたい。

ついでに。

しかし、彼を起用してるCM群(企業)はアホなのかと思う。一様にPPAPのそれこそ「替え歌」だから、かえってどこのCMだったかそれぞれ印象に残らない事態になってる(笑)時の人を利用するなら好きにやらせてみるのも才覚だと思うがな(・ω・)もう皆顔は知ってんだし。もっと言えば、そういう使い方するから『一発屋』にもしちゃうんだよ、これはもう毎度そうで、"流行ってる"ネタばっかり、それこそ一発芸かの如くやらせて「それしか無い」ような印象を与えてしまう、悪い癖。まるで使い捨て前提じゃないか。


ところで『YouTuber』って一体なんなんですかね?てのは先日の電鋸男の「YouTuberナメとったらアカンぞコラ!」(笑)という迷言に思ったこと。例えば演劇音楽絵画etcなら方向性違ったり相容れなかったりしつつも確固たる其れが在るわけじゃないですか「旗印」として。 でも『YouTuber』ってのは、なんなんですかね?何/何処を目指してるんだろうっていうね(・ω・)自己表現?再生数?お金?チヤホヤされること?人を楽しませること?多岐に渡り過ぎっていうか漠然としててイマイチ見えないんですよね、旗印が。

ほんとあの発言は恥ずかしい、聞かされてるこっちが赤面するレベル。

かく言う僕、もう10年近く前にYouTuber(s)って形容を勝手に用いてたけど、それはもう単純に「YouTube愛好・愛用者」って意味だった。それが今や"運営発"でとんでもないことになっちゃって(笑)だから、ここに改めて言っておく、誤解されたくないから←