2017年01月25日

無人在来線爆弾

その「健気な活躍」ね。あれホント熱いのよ、見ようによっては「かわいそう」にもなるかもだけれど敢えて訴えたい!これまでの歴史上もう踏まれたり掴まれたり咥えられたりばっかだったのがね…遂に一矢報いたわけですよ!戦友なわけですよ!(`;ω;´)ゞ敬礼!あれって昔の男の子なら一度は"そういう遊び方"したと思うんですよ、ソフビ怪獣やら相手にね。だから、めっちゃロマンティックなんですよあれは、もう泣き笑いするくらいにw


と、そんなカンジで多少のネタバレも含みつつ時系列的に
しかし雑多に、シンゴジ関連発言 on Twitterまとめ。


(製作発表/公開前)

2011年3月。大地震に伴った例の件をテレビで目の当たりにしたとき、僕は「ああ、もう日本でゴジラを作ることは出来ないかもしれない」と思った、マジでそう思った。と同時に、「ならばこそ新たに示すべき」とも思った(・ω・)お察しください

ところでこの題名『シン・ゴジラ』、新とか真とか神とか色々あるけれど、僕は勝手に"Sin"と解釈していたりする(・ω・)罪科

「怖い」のは本来当たり前として。グロいとか言われてるけど、めっちゃカッコいいじゃあないか!あの発光でバーニングゴジラと比して云々もされそうだけど、個人的にはGMKゴジラのゾンビ感を押し進めた様なというか、血みどろ感。また、生頼ゴジラ(1984のポスター)を彷彿もした。

一見さんおことわり的な悪マニアみたいなうるさいこと言いたくはないのだけれど、どうしてもこれだけは言いたい。「新しいゴジラ死んだ魚みたいな目なにあれ」とか言ってる人って恐らく第一作観てないんだろうな(´・ω・`)ヘタするとGMK白眼ゴジラすら知らないんだろうな。なんでよく知らんものにわざわざ難癖つけるのか、ツイッターらしいっちゃらしいが(ほめてない)

不安が無いわけではない(・ω・)それはもう色々とある。しかしとりあえず「カッコいい絵」を見せてくれるだろうって点に限っては何の不安もない、「特ヲタの琴線に触れる絵」と言ったほうが正しいのかもしれないけど。

どこまで踏み込んでるのかなあ脚本。ゴジラ本来のディザスター属性それを語ること自体がタブーみたくなってるからなあ今(お察し)そんな今だからこそって思うのだけれど(それが出自であったわけで)でもあの予告観る限り、そのへん真っ直ぐニオわせてるように感じた、人間パートの現場の見た目が"当時"をとても彷彿させた(お察し)

不幸にも生まれてしまったこの国でゴジラは再び生きられるのかその存在を許されるのかって話よ、皮肉皮肉アンド皮肉な現実と虚構のクロスオーバーよ(・ω・)個人的には、気遣いの為に自罰さえできなくなったら「終わり」だと思う。

もしも現代だったら、あの時期ガメラもvsデストロイアも、公開差し止めまでは行かずとも非難の憂き目に遭ってたかも、なんて思うことがあるのだ(・ω・)わかる人はわかると思う、それくらい今は「腫れ物に触るよう」なのだ。

★ここでひとつ自薦、あわせて読んでもらえるとありがたい。
【ディスガスティングディストピア】




よもや公開後
「感動しました!」
「すっごい迫力があってぇー」
「ゴジラ、さいこぉーっ(はぁと)」

…みたいなCM、やらないよな?ゴジラに限っては(`ω`;)まさかな(不安)


(以下、公開後)


その最期、芹沢博士は言いました「幸福に暮らせよ」と(・ω・)色々あるけど大変だけれど、だからこそ、いまシン・ゴジラを観ることが出来る、それは幸福です。敢えて呼ぼう、この時に生き居合わせたことを"幸福"と。 日本よ、これが「必見」だ。 #シンゴジラ

僕が「ゴジラ(1954)をリアルタイムで観られた人、羨ましい」と思ってきたように未来の誰かが必ず思うだろう「ゴジラ(2016)をリアルタイムで観られた人、羨ましい」と(・ω・)だから悪いことは言わない、劇場へ行くんだ。





公開前というか(製作が)決まった時点で不安視したのは、そりゃ内容はもちろんだけど、生粋のゴジラファンとエヴァファン言わば庵野新規がヘンに衝突しやしないかなって事だったんだけど、蓋を開けてみれば概ね(?)仲良く楽しんでる様で、それがまた嬉しかったりするのですよおじさんは(´ω`*)

まあ勿論ね、中には居ると思うんですよ新規を快く思ってない向きも、ぶっちゃけ特ヲタってのも一部鉄ヲタの如くかなりアレな人はいるから。でもそのタイプはどうやったってボクが一番わかってるんだ!的で、決して満足することはないし謎の無敵状態な人なので(笑)新規の若人にはあまり気にしないでもらいたいなとw

ただし。エヴァと並列的に考察というか結びつけようとしてる向き数多だけれど、僕は、そこは「ファンサービスサービスぅ!」くらいに捉えおいてる、僕自身エヴァヲタでもあるので、エヴァ好きが深読み好きなのは重々承知してるけど(笑)だから「エヴァっぽい」というより「庵野秀明だなあ」ってこと。

それこそが作家性ってやつであり、つまり『庵野秀明の世界』ってことだと捉えてる、舞台や設定が直接的に云々ではなくてね(その上で、次回エヴァには逆にシンゴジ観た人がニヤリとするようなエッセンスが現れてもくるかもなあなどとちょっぴり楽しみにしてたり)


こんなご質問が僕のところに寄せられていたので、ここにも併せて。

Q シン・ゴジラに興味深々なんですが、ゴジラシリーズを見たことの無い僕でも大丈夫でしょうか?

A ぶっちゃけ「シリーズ」と言っても作品ごと独立してるようなもの(時には「リセット」さえしてる、今回もそう)なので、鑑賞に当たり連続性を気にする必要は無いと言っても過言ではない。なので、問題ない、それどころかあれで初体験というのもある種の幸運だと僕は思うくらいだ、是非!

だから「シリーズ」つってもね、寅さんとか釣りバカみたいなものと思っていいのよ。って言い切っちゃうと、またぞろ一部のうるさ型マニア(自称)がグジりそうだけど(笑)

や、マジな話、そういう一部ファンが醸す「一見さんお断り」的な排他性(自分を優位とする態度)が、特撮モノをニッチな市場へと結果的に追いやってきたって側面もあると思うのよ。例えばさっきのような質疑応答にしたって、あそこで早口で知識まくしたてられたら「あー…」って萎縮しちゃう(ハッキリ言うと"ヒく")って(笑)

近ごろよく話題に上る一部鉄道ファン然り、必ず存在するんだよね、そういう、「結果的に愛情の対象の足を引っ張るファン」て。たとえば現場で勝手に自分たちに都合よく場を仕切り始める○ートルズや○トーンズの自称古参直参とかさ(お察し)ぶっちゃけ言うが、そういった彼らはだいぶ精神性が幼稚だからね、「ボクが!ボクが!ボクが一番わかってるんだ!」って、たとえるならば、まだダメ坊だったころのアムロ・レイみたいなもん(・ω・)大きなお子さまなんだよ。

まあ、自身の能力特技、その部分においてはそれくらい傲慢だっていいとすら思うけれど(自信てことだから)ね、腐ってもアムロには実力あったしね(笑)だかしかし他力、他人の功績に寄生し依存してのそれはね、「僕の友達のお父さんが社長(ドヤァ)」並みの空虚。


ところで。シン・ゴジラを「国策映画」などと評し真顔で訴える向きの存在というのは「極度に偏った思想は鑑賞眼をも曇らせ歪ませる」という事がよくわかる事象(・ω・)まあ予測の範疇だったわけだけれど、実際に現れると失笑を禁じ得ない(笑)

や、マジな話「それ一体どこをどう観たの?」ってカンジだよね(・ω・)ネタバレになるからふせた書き方するけれど、では何故"あの人たち"は○国の決定に憤りすら見せ「なんとしても"それ"だけは使わせない」と必死だったんですかねえ?ってハナシですよ。その様はいっそ「中立的」でさえ在る。まあ何せ偏ったものの見方(解釈そして利用)しか出来なくなるってのは怖ろしいことだ(・ω・)そういう残酷なテーゼ←

つまるところ「逆張り」でしか主張も定立も出来ない、それを自ら晒し上げてる様なもの。それまさに文字通り「極端」ということ。中庸を「どっちつかず」とか「ノンポリ」とか蔑んで悦に入るくらいしか自己確立の術を持たないのだろう(・ω・)"アンバランス"を賢しらに振り下ろされてもね?って話。

なお、また一方で





とりあえずここで一区切り(つづく)