2017年02月02日

ピッキング論<序>「自己正答化」

もうずっと前から"ピッキングの変遷"について書こう書こうと思いながら、そしてリクエストがありながらも、あまりに長大となりそうなので忌避してるのですが(笑)「屈伸」これね、これについては、またちょっと思うところあるので、別途少々語ろうかと思います。

以上はGoogle+にて、ありがたい投稿を頂戴しての返信分。
それを基に、以下。


そう、僕「親指屈伸」サークルピッキング、殆ど使わないんですよ、エコノミー(スウィープ)の際に多少出てるくらいじゃないかな。「ピッキングスタイルの変遷」については、詳細に語るとなると非常に膨大になるのでまたの機会に譲るとして(←逃げた)、今回は屈伸に限ったお話。

先ず。見てもらえば分かると思うのだけれど、僕、ピックガードに指を着けないんですね。昔は着けてた時期もありましたけど、矯正しました。

ピックガードに指を着けると特に、単純な直線的ピッキングの"安定感"が増します。例として『一弦のトレモロピッキング(高速オルタネイト)』、単音で(開放でも)いいので試しに、普段「指着けスタイル」の人は、敢えて指を着けずにやってみてください、おそらく思うようにならない、「フラつく」ように感じるのではないでしょうか。

で、僕、それを嫌って矯正したんです、「(着けるのは)なんかズルしてるようなカンジする」みたいな(笑)や、それもまったくの冗談では無いんですが、最も大きな(矯正の)理由としてあったのは、「(着けないほうが)音に"弾み"が増す」と感じたからです。まあ、物理的感触も含めてあくまで「感覚的」なものなんですけどね。とにかく、より「手首スナップ」の方向に切り替えたってところでしょうか。

さて。いわゆるコードストロークを行う際なんかは当然ですが、ジャズ系のプレイヤーなんかだと、常に完全に手首フリー「宙ぶらりん」なのも珍しくありません。しかし、大音量のオーヴァードライブサウンドを駆使するロックなどでは"ブリッジミュート"も重要な、必須と言ってよいファクターになります(※ここで言う"ブリッジミュート"とは奏法としてのそれでは無く消音/ノイズ防止策と捉えておいてください)。

僕の主軸サウンドスタイルも、それを必須とします。なので、基本的には「ブリッジに手の甲を乗せて」いますが、自宅練習時なんかは手首フリー(宙ぶらりん)でやってることが実は多いです。手を接地するという"補助"(あるいは"拘束")が無いから、純粋な「手首スナップ」の修練になるんです。

あ、そうそう、もうひとつありました、ボディに手を着けなくした理由。アコギ弾くときボディに指着けてると音に影響(響きが殺されたり余計な音が乗ったり)ありそうと嫌ったってのもありました。


さて、ここで屈伸の話。

まあそんなカンジで、紆余曲折あったものの「手首(の振り)で弾く」って点、その心がけに関しては一貫してたんですね、ビギナーの頃から。なので、「指の屈伸使うってのは選択肢に入ってこなかった」というのが実のところかもしれません。ついでに言うと、イングヴェイしかり、映像で見て(屈伸多用してるのは)分かってはいましたけど、「全く同じにして良い結果が出るとは限らない、そもそも手の大きさも違う、自分には自分のベストがあるはずだ(時間かかってもそれを自分で見出そう)」なんて思って、そこまでは真似しませんでしたね(笑)

(ちなみに、親指の関節自体はワリと柔らかいほうだと思います、逆反りも出来ます、ていうか昔々は逆反りで弾いてた時期もありました(※但し「逆アングル」では無い)。なお、反るのは右親指だけ、左親指は全く反らない。元々こうだったのか、ギター弾く様になった結果こうなったのかは、もはや不明。)

ぶっちゃけた話。イングヴェイフォロワーの人って右手の弾き方のみならず"置き方"までもソックリ真似てる人多いなあと思うんですけど、どうでしょう。あれ、本物(インギー)は手がデカいから"自然とあの格好になってる"んじゃあないかって思うところもあるんですよね(ちなみに握手したことあるのでデカさはよ〜くわかってます)対して…まあ欧米人はおしなべてデカめですが…平均的日本人の掌サイズであの置き方って"不自然"いわば不合理な気もするんですよね。例えば「弦跳び(スキッピング)」の際、あれくらいデカいと少しの動き、それこそ指の動きだけでも軽く跳躍出来そうですが…

…言わんとしてるところ、わかりました?(・ω・)実は実は、この点もまた僕の「着けないスタイル」に繋がってるんです。手首固定して指コネコネは「直線的速度」を重視するスタイルには向いてる(体力的にもエコノミー)と言えますが…手首スナップのほうがいろいろ応用も利くんですよ(もちろん実際には複合的/併せ技なわけですが)、少なくとも僕程度の掌サイズだと。

…もう、この際ホントぶっちゃけちゃうとね。手首使わず(使えず)ひたすらハナから指コネコネしてる自称「速弾き」って"実はヘタクソ"な人が多いです(何がどうヘタクソ(駄目)なのかを具体的に述べることは出来ますが本題から外れるし、ともすると「こきおろし」にもなるんで、ここで細を穿つのはやめておきます)


以上…つってもまあ、あくまで僕の場合であり僕の主観ですから。物理的力学的合理性を追求すればもちろん一定の解/模範に辿り着くとは思います、古典方面におけるアーティキュレーションしかり。しかし、それにしたって肉体的特徴やなんかは、およそ考慮されてはいない。表現の庭において、模範解答イコール絶対の正答では無い、と僕は考えます。

こと「自分で作る」人の場合、誰かとソックリのままでは、結局その人の下位互換に留まる事にもなりかねません。そこのところで言うなら「僕とインギーとでは(影響こそ大きく受けてるけど)根の音楽性が違うから弾き方も異なる形に成っていったのは必定自然」…とも。要は、見てくれのあり方じゃあなくて出てくる音、鳴らすべき(求める)音ですから。そういう意味では、「(弾き方なんてのは)わりとどうでもいい」(笑)そう、僕には僕の、あなたにはあなたのベストがあるはずです、それを模索し確定させる、いわば「自己正答化」です(^皿^)なんちて

ではまた、いずれ(<序>があるからってすぐに続くわけではありません←)





うーん、なんか、一部拾い読むと、ちんちんの話してるみたいだな。