2020年11月23日

諦めない人の詩

『明けない夜は無い、求める限りは』


始まりは1986年。買ったばかりの初めてのキーボードを弾いていて思いついたのが、サビの旋律でした。でもその時は、そこ止まり。その全体像を想い浮かべる事も、実際に形にする力量も、まだ無かったんですね。

それから数年後、1988年、恥ずかしながら"辛い恋"をしまして(笑)その、遣るかたない想いを自分なりに整理しようとした時に、あのサビの旋律が蘇って来たのです、「これを『曲』にしよう(したい)」それが最初の、楽曲としての"全体像"の顕現でした。サビを除いては後の(現在の)旋律とはだいぶ異なり、またインストルメンタルという体裁でしたが、詞も原型は、この時に或る程度想い付いてはいました、特にサビ。


再び数年後、1990年。病を患い、大げさでなく「死」に瀕しました。その苦しさ、また、自身が周囲に負わせる負担(これを本人は「要らぬ迷惑をかけてしまっている」と考えます)。遂には自殺まで考えました、「自分はそんな"バカなこと"は絶対に考えない人間だ」という謎の自信があったのにね(笑)

でも、踏み留まれました。それを実行しようかという刹那、「迷惑に思われているだろう」と考えていた、自分の周りの人々のことが脳裏を過ったのです。「僕が死んだら悲しむだろうか、泣かせてしまうだろうか」そう想った途端、「生きねば」と、想い留まれたのです。

歌詞が完成したのは、この時期です、病床に持ち込んでいた音楽ノートに。

【追記】
題名が決まったのも、この時期です、↑の歌詞完成より少し前のこと。
それまでは、歌詞の断片こそ在ったものの「無題」の状態でした。

ちなみに、この一件に至る道程にもまた複雑な恋愛と波乱が絡んではいるのですが、それはまた別のお話。


まあ、そんなこんなで、「これは僕の心からの命のうたである」という自覚というか自負というか、そんな強い想いがあるんです。「これを描き続ける」そんな、僕のライフワークみたいなものでしょうか、そうやって変化進化してきています。でも「根っこ」のところは何も変わっていません。

実は、「2020年内、漸く正式にリリース」、"発売"するつもりでいたんです。けれど、この状況、この世情。いやはやまったく、ままならぬものです(苦笑)

2011年のあの大災害をはじめ、折に触れこの曲をピックアップしてきました、非力な僕の、せめてもの『想い』として。それでね、最近も「この曲を聴いて頑張ってます」と仰ってきてくれた人がいてね、もう本当に、物凄く嬉しいし、報われた思いもする。その"気持ち"に、僕自身とても鼓舞されるんです。

だから急遽「出す」ことにしました、もう無償で。無償の愛です(笑)

プロダクション的に至らない面もあり"声"も入っていないですが、それでも敢えて、いや胸を張って申し上げます。

「これが僕の想い描き続けた『RISING SUN』その完成形です」

なにせ昔は「想い描けても技術的に物理的に実現不可能」な事が多かったわけですが、いい時代になりました・・・これも生き延びたおかげです。ああ、生きててよかった。



【公開終了(後述)】



少なくとも、僕を(の)知ってる人には必ず最後まで聴いてほしい、なにせ僕の物語であり僕の"遺言"だからね。これは数日前、自分の誕生日がきっかけになってます、自分の命の残りもさほど多く無いなと意識もする年齢になり、いついなくなっても大丈夫な様、誰かに残るよう・・・ってな想いが強くなりましてね。もちろん、まだ当分逝くつもりは無いですが(笑)


かつて、この曲に寄せた、『明けない夜は無い、求める限りは』という文句。「明けない夜は無い」で止めとけばなんとなくスマートでカッコいいですが、そうはいかないのが僕という奴でして(笑)その解は、このMV最後のメッセージに在ります。



【同年12月24日追記】

有志の提案と協力を基に英語字幕(On/Off可)を付加、併せてサウンドのリマスター及び、ビジュアルの追加を行いました。これに伴い、上掲の版は公開終了と致します。

RISING SUN
-Waitin' For The Dawn-" (English-subbed)



Special Thanks to

横臥(訳詞協力)

風子(V-act)

ちなみに今回「英詞」にあらず(旋律に乗せることは全く考慮に無く)、また「意訳」も多めです。横臥の作成してくれた原稿は、日本語詞のかなり忠実な翻訳でしたが、散文詩的雰囲気や頭韻等を重視して、この形に落ち着きました(今後アップデートする可能性もあります)。




ed209 at 16:29│clip![疾風船]